
流星ひとつ
781円(税込)
発売日:2016/08/01
読み仮名 | リュウセイヒトツ |
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発行形態 | 文庫 |
判型 | 新潮文庫 |
ISBN | 978-4-10-123522-6 |
C-CODE | 0195 |
整理番号 | さ-7-22 |
ジャンル | ノンフィクション、音楽 |
定価 | 781円 |
藤圭子と沢木耕太郎、二つの若い才能が煌めくように邂逅した奇跡のダイアローグ。
コラム 新潮文庫で歩く日本の町
いまは舞台「熱血!ブラバン少女。」(博多座/三月四日~二十六日)の稽古中ですが(私はトランペットを吹く女子高生役! 楽器の猛特訓中でもあります)、演出家の方がある役について、「この女の子は鈍感力があって云々」と指摘されたのが、「ふーむ」と心に残りました。
芸能界で仕事をしている身として、鈍感力って、あった方がいいんじゃないのかな、そうでもないかな、と気にかかったのです。そこで芸能界について書かれている本が読みたくなって、手に取ったのがこの本。
引退直前の時期の歌手・藤圭子さんが沢木さんのロング・インタビューに答えたもので、全篇がある一夜の会話という形になっています。冒頭近くで沢木さんは「すぐれたインタヴュアーは、相手さえ知らなかったことをしゃべってもらうんですよ」と言いますが、確かに読んでいくうち、藤さんが忘れていたこと、言葉にできていなかったことを初めて口にしている臨場感がどんどん伝わってきます。
貧しかった子どもの頃の話、上京の
とりわけ会話が白熱するのは、喉の手術で「藤圭子は死んでしまったの」という二十八歳の歌手に、三十一歳のノンフィクション作家が「どんなボロボロになっても、歌いつづけようとは思わないの?」と切り込んでいくところです。藤さんは「それはひどいよ、厳しすぎるよ」と答えます。もう自分の頂を見て、「出しつくしたんだよ」。
そこで出てくる会話が、いかにも大人の男女の会話っぽい色気があります。
「『いま、あたしにどうして歌を続けないのかって、責めたよね』/『責めなんかしないけど』/『そっちが責めなくとも、こっちが責められたもん』」
こんな藤さんの女っぽさも素敵ですし、自分の頂を見たと言える誇りと辛さと冷静さも伝わってきます。沢木さんが「欠陥商品ですねえ、あなたの記憶装置は」と嘆くように、鈍感力も少しあるみたいです。しかし何より、沢木さんとの会話で徐々に浮び上がってくるのは、潔癖で頑固で、生きづらそうな女性の姿です。
もちろん、そんな印象は後記にあるように、このインタビューの三十四年後に藤さんが自殺したことを私が知っているからかもしれません。そのせいか、私は藤さんが本当に分かってくれる人を求めているようにも読めたのです。
私は藤さんのことを宇多田ヒカルさんのお母様としてしか知らなかったのですが(私の母は子守唄によく「夢は夜ひらく」を歌ってくれました)、インターネットで写真を検索すると、意志が強そうで、いろんなものを見てきたんだなと思わせる美人が出てきました。最初の夫で、藤さんが尊敬し続けた歌手である前川さんが「おまえは芸能界には向かない」「ぼくと別れてからあまりいいことなかったろ」「何でもまずぼくに相談しに来いよ」と言ってくれたというのが、ひょっとしたら救いだったのかもしれません。
(みやざき・かれん 女優)
波 2017年3月号より
著者プロフィール
沢木耕太郎
サワキ・コウタロウ
1947年東京生れ。横浜国立大学経済学部卒業。ほどなくルポライターとして出発し、鮮烈な感性と斬新な文体で注目を集める。1979年『テロルの決算』で大宅壮一ノンフィクション賞、1982年に『一瞬の夏』で新田次郎文学賞。その後も『深夜特急』や『檀』など今も読み継がれる名作を次々に発表し、2006年『凍』で講談社ノンフィクション賞を、2014年に『キャパの十字架』で司馬遼太郎賞を受賞している。近年は長編小説『波の音が消えるまで』『春に散る』を刊行。その他にも『旅する力』『あなたがいる場所』『流星ひとつ』「沢木耕太郎ノンフィクション」シリーズ(全九巻)などがある。2018年『銀河を渡る 全エッセイ』『作家との遭遇 全作家論』、2020年初めての国内旅エッセイ集『旅のつばくろ』、全四巻となる「沢木耕太郎セッションズ〈訊いて、聴く〉」を刊行。