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うかれ女島

花房観音/著

737円(税込)

発売日:2020/12/23

  • 文庫
  • 電子書籍あり

船が男たちを運び、女たちの夜が始まる――「売春島」の娼婦だった母の死と、四人の女の秘密。

お前の母親は淫売や――大和が小学生の時、母親は飛田新地から売春島に渡った。以来絶縁し二十年。島で娼婦、女衒として生きた母は、溺死体となって発見された。遺されたのは、四人の女の名前が書かれたメモ。保育所経営者、主婦、一流企業の会社員、女優……皆、島で身体を売った過去があった。そのうちの一人に誘われ大和は島へ向かう。母の死と女たちの秘密とは。衝撃の売春島サスペンス!

目次
序章 島の女
第一章 伊勢田大和(三十二歲)
第二章 鳥井忍(四十三歲)
第三章 樫谷貴子(三十八歲)
第四章 愛野麻矢(四十二歲)
第五章 桐口瞳子(三十五歲)
第六章 売春島
第七章 東京
終章 うかれ女島
解説 酒井順子

書誌情報

読み仮名 ウカレメジマ
シリーズ名 新潮文庫
装幀 gettyimages/カバー写真、新潮社装幀室/デザイン
発行形態 文庫、電子書籍
判型 新潮文庫
頁数 384ページ
ISBN 978-4-10-120584-7
C-CODE 0193
整理番号 は-67-4
ジャンル ミステリー・サスペンス・ハードボイルド
定価 737円
電子書籍 価格 737円
電子書籍 配信開始日 2020/12/23

書評

性に搦め捕られた女達と、「普通の男」の物語

吉田大助

 第一回団鬼六賞を受賞してデビュー以来、女の「性と生」を描き続けてきた花房観音の小説を読んでいるといつも、官能とは感応である、というシンプルな真実に思い至る。
 身体的距離がゼロになる、セックスという行為から受け取った相手の情報から、心が鋭く感応し、目の前の相手に抱いていたイメージが作り替えられる。その一歩手前には、この人とセックスがしたい、してもいいと判断する瞬間が訪れている。相手をより深く知りたい、近付きたい、という思いは、性的な官能であると同時に、まぎれもなく心理的な感応だ。
 花房観音はこの官能=感応を駆使して、遠く離れた人と人とを結びつけ、その出会いの軌跡を物語に仕立て上げてきた。しかし、この官能=感応は、主に出会いの場面で機能する。出会いの「その後」を記述し、物語として大きなうねりを作り出すためには、新たな稼働装置を導入する必要があった。物語の舞台となる場所の力。張り巡らされた過去の因縁。実在する、誰もが知る女性性のアイコン……。これまででもっとも性描写の割合が少ない最新作『うかれ女島』は、さまざまな物語稼働装置を駆使して、過去最高の激しいうねりを生み出すことに成功している。端的に言えば、この一作で、化けた。
 全七章の物語は、大きく二部構成が敷かれている。「第一章 伊勢田大和(三十二歳)」から「第五章 桐口瞳子(三十五歳)」までは、章ごとに語り手が変わるオムニバスだ。全ての始まりは、高円寺で一人暮らしをしている実直な会社員の大和が、三ヶ月前に亡くなった母がメモに残した、遺言代わりの願い事を叶えようとしたこと。「死ぬまでに、この四人の女たちに会いたい。会わないと、死に切れない」。それが無理ならば、「この女たちに私が死んだことを伝えて欲しい」。四人の女に宛てて、大和は母の死を手紙にしたためる。その手紙が、四人の女達の人生にさざなみを立てていく。
 仕事の時は「真理亜」と名乗っていた大和の母は、「うかれ女島」と呼ばれる、売春宿のある孤島で女衒をやっていた。四人の女達はかつて、その島にいたのだ。保育所のオーナー、主婦、女優、一流企業のOL。時を経てまったく異なる人生を歩んでいる彼女達にとって、島にいた頃の経験と記憶は、その後の人生に何をもたらしたのか。大和の手紙をきっかけに過去と向き合うことで、四人は自らの「性と生」を見つめ直すこととなる。一人一人のエピソードを紹介する文字数の余裕はないが、四人は現実に息をし、彼女達の実体験の告白を記録したのでは、としか思えない実在感が漲っている。
 おそらく、これまでの花房観音であれば、五章までで筆を止めていただろう。本作では、五章までの記述は物語の前半、前フリに過ぎない。総ページ数の半分以上を占める「第六章、第七章、終章」からが、新境地だ。ここでも、母のために動いた、大和の行動が軸になる。実は、冒頭で著者を「女の『性と生』」の書き手だと紹介したが、本作で著者がもっとも心を砕いてキャラクター造形を企てている人物は、大和だ。ある女は彼をこう評価する。〈売春なんてとんでもない、売春婦なんて自分とは縁のない世界の堕落した人間だと思っている、普通の男〉。〈「男」や「世間」に雁字搦めになり、その価値観に縛られ苦しんでいる(中略)だからこそ、娼婦を貶め、自分自身が傷ついている〉。
 彼には年下の美しい恋人がいる。だが、母が娼婦であった負い目から、結婚には二の足を踏んでいる。母とは一二歳の頃から離ればなれに暮らしており、断絶の強い言葉を口にしたのは彼の側であったにもかかわらず、母の存在に執着している……。新規に導入されたさまざまな物語稼働装置を駆使して、その状態からの大和の変化を、著者は記述しようと試みる。そこで話は終わらない。意外なかたちで人と人とが繋がり、運命のドミノ倒しが起こる、ミステリー的な快感が二重三重に張り巡らされている。不意打ちのように真相が明かされる第七章のラストは、正真正銘、度肝を抜かれた。
 処女懐胎のマリアではなく、娼婦のマリア――「マグダラのマリア」――をメタファーに採用した演出も利いている。官能=感応表現はそのままに、骨太な「物語作家」へと大きな飛躍を遂げた、花房観音の第二のデビュー作だ。

(よしだ・だいすけ ライター)
波 2018年6月号より
単行本刊行時掲載

著者プロフィール

花房観音

ハナブサ・カンノン

1971(昭和46)年、兵庫県生れ。京都女子大学文学部中退後、映画会社や旅行会社などの勤務を経て、2010(平成22)年に「花祀り」で団鬼六賞大賞を受賞しデビュー。2024年2月現在も京都でバスガイドを務める。官能小説では、男女のありようを芯から炙り出す筆力の高さに女性からの支持も厚い。著書に『寂花の雫』『指人形』『偽りの森』『花びらめくり』『くちびる遊び』『ゆびさきたどり』『うかれ女島』『どうしてあんな女に私が』『果ての海』『京都に女王と呼ばれた作家がいた 山村美紗とふたりの男』、円居挽との共著『恋墓まいり・きょうのはずれ』、中村淳彦との共著『ルポ池袋 アンダーワールド』、エッセイ『シニカケ日記』など多数。

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