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クローゼット

千早茜/著

649円(税込)

発売日:2020/11/30

  • 文庫
  • 電子書籍あり

あなたの身体に触れていいのは、あなたが選んだものだけ――服と心の傷みに寄り添う物語。

十八世紀のコルセットやレース、バレンシアガのコートにディオールのドレスまで、約一万点が眠る服飾美術館。ここの洋服補修士の纏子(まきこ)は、幼い頃の事件で男性恐怖症を抱えている。一方、デパート店員の芳(かおる)も、男だけど女性服が好きというだけで傷ついた過去があった。デパートでの展示を機に出会った纏子と芳。でも二人を繋ぐ糸は遠い記憶の中にもあって……。洋服と、心の傷みに寄り添う物語。

書誌情報

読み仮名 クローゼット
シリーズ名 新潮文庫
装幀 石井理恵/カバー装画、新潮社装幀室/デザイン
雑誌から生まれた本 小説新潮から生まれた本
発行形態 文庫、電子書籍
判型 新潮文庫
頁数 304ページ
ISBN 978-4-10-120382-9
C-CODE 0193
整理番号 ち-8-2
ジャンル 文芸作品
定価 649円
電子書籍 価格 649円
電子書籍 配信開始日 2020/11/30

インタビュー/対談/エッセイ

人と服の傷みによりそう

千早茜筒井直子

千早茜さんの最新作『クローゼット』の主要なキャラクターは、服飾美術館で働く補修士や学芸員たちです。美術館のモデルでもあり、取材にもご協力いただいたのが京都服飾文化研究財団(KCI)。KCIで、キュレーターの筒井直子さんと小説や服について語り合っていただきました。

KCIとの出会い

千早 KCIのことを知ったのは、2015年でした。2月に、イギリスのヴィクトリア&アルバート美術館のウェディングドレス展を観にいったんです。鼻血が出るくらい素晴らしくて、帰国してから知り合いの新聞記者の方にその話をしたら、京都にも素敵な洋服をたくさん集めているところがあるよって教えてくださって。それで年末に、初めて見学させてもらいました。

筒井 そのときに、KCIの広報誌「服をめぐる」に寄稿をお願いしたんです。収蔵品の中からひとつお選びいただいて、物語を作ってくださいませんか、と。

千早 ちょうどその頃、「小説新潮」で連載を始める約束があったので、担当者との打ち合わせのときに、いかにKCIが素晴らしい場所だったかを一生懸命語ったんです。連載が始まる前も始まってからも、何度も取材させていただいて。ご迷惑ではなかったでしょうか?

筒井 全然そんなことはありません(笑)。私たちの財団は主に十七世紀以降の西洋の衣装を収集しています。そのなかには私たちがいま着ているような服はもちろん、ファストファッションのように、何か社会に対して変化をおよぼしたような服も含まれているんですが、これらの収蔵品を見せる館を持っていないんです。だから、知ってもらう機会が少なくて。千早さんがこうして小説の舞台にしてくださって、とてもうれしく思っています。

千早 テンションが上がってしまうからか、お邪魔すると必ず、家に帰ってから微熱が出てしまいます。予習、復習をして取材ノートにまとめてという作業がとても楽しいんです。十八世紀の女性靴は左右の区別がなかったとか、女性服にジッパーが使われるようになったのは男性服よりもずっとあとだったとか、教えていただいたこともたくさんメモしています。初めて筒井さんにお目にかかったときに、コルセットのことをとても上品な言い方で「可憐な拷問器具たち」とおっしゃったことも。この言葉は小説に使わせていただきました。

筒井 千早さんも十九世紀のコルセットのレプリカを試着されましたよね。

千早 筒井さんに写真を撮ってもらいました。その写真を、自分もこんな体になれるんだ、とたまに見返しています。そういえばずっと、コルセットのことを細くみせるための道具かと思っていました。

筒井 お腹まわりの肉を上下にわけて、胸やお尻を豊かに見せるために使っていたんですね。当時は、ふくよかな女性が魅力的であるとされていましたから。

千早 つけてもらっているときには、まだいける、もっと締めてもらっても大丈夫、と思ってしまうんですよ。

筒井 見学に来た方にコルセットをつけると、みなさん、そう感じるみたいです。

千早 ピアスの穴をひとつあけると、どんどんあけたくなる、みたいな気持ちと近いんですかね?

筒井 ファッションって過剰になる傾向があるのかもしれませんね。最近でも、厚底ブーツの底がどんどん厚くなっていきましたよね。ヨーロッパではスカートの裾が広くなった時代があったんです。両手を広げた幅よりも大きくなって、暖炉の火が燃え移ってしまうという事故がたくさん起きてしまったんですが――。

傷みによりそう

千早 KCIは、筒井さんのような学芸員の方と補修士の方が同じ建物にいますよね。それがとても面白いなと思いました。

筒井 二十人規模の財団なんですが、補修士が六人います。全員、女性です。国内の服飾関係の美術館では、専門の業者に外注して補修をお願いしているところがほとんどだと思います。私たちは、補修士さんとコミュニケーションをとりながら仕事を進めていく、というやり方をしているんですね。『クローゼット』には傷みについて深く書かれていますよね。服が傷んでいることと人の心が傷んでいることが、響き合いながら物語が進んでいく。衣装って、やっぱり古くなるとぼろぼろになっていくんです。KCIの補修士は、傷みをぜんぶなくして新しいものに取り換えるのではなく、残したまま補修をするという手法をとっています。新品のようにするのではなく、傷みによりそいながら、どこに傷みがあるのかが判るようにしてなおす。小説に出てくる人物も、傷みを克服するというよりは、持ち続けながら前に進んでいく決断をしているように感じました。その過程が、服の補修と似ているな、と。

千早 ありがとうございます。筒井さんは学芸員だからか、感じていることを言葉にするのがすごく上手で、いっぽう補修士さんたちは寡黙な方が多くて、その違いがすごく興味深いなと取材しながら思っていました。全然タイプの違う人間が、後世に遺すという同じ目的のために服を守っているという構図が素敵だなと思ったんです。

筒井 美術館のなかにある無機質な補修室と、人の出入りもたくさんあって華やかなデパート、小説の舞台にもコントラストがありますよね。

千早 ひとつの場所に深く沈み込んでいく書き方も好きなんですが、今回は人間の成長を描きたかったというのもあって、舞台と視点をふたつにしました。私の作品にしてはめずらしく、登場人物もいい人ばっかりです。

筒井 何か理由があるんですか?

千早 仕事が好きな人にすごく惹かれるんです。補修士のまき子も、洋服が大好きでたまらないかおるも、学芸員の晶も、みんな必死で仕事に向かっているので、どうしても悪く描けませんでした。

筒井 読んでいて、理想が高くてポリシーを曲げられない性格の晶に、自分と重なるところがあるなと感じました。学芸員には、どうしてもここだけは譲れないというところのあるタイプの人間が多いのかもしれません。学芸員や補修士、職業の核となる部分をうまく掬い取ってくださっているなと、本当に驚きました。

千早 あのひそやかな補修室で補修士の方たちと接して感じたことが、小説には反映されていると思います。みなさん、いろんな趣味をお持ちなんですよね。

筒井 日本舞踊や手芸をやっている人もいれば、ロック好きでかつてバンドをやっていた補修士もいます(笑)。

千早 他の美術館に衣装を貸し出すときには、筒井さんも補修士さんもいっしょに行かれるんですよね。

筒井 KCIで開発したマネキンを持っていくこともあります。下着からきちんと着せつけるんです。

千早 この服を着て生きていた人間がたしかに存在していた。KCIの方たちが着せつけた展示をみると、本当にそんな気がするんです。きれいに着せればいいというわけではないんですよね?

筒井 うれしいです。布の表情がうまく表現されるように着せつけないと、いかにも人工的なものに見えてしまうんです。そうならないような工夫をたくさんしています。

自由になること

千早 初めてKCIを訪れたときに、十九世紀のモネマネの絵画をみると、二年単位でその絵がいつ描かれたものか女性の服で判るとおっしゃっていました。

筒井 服の流行が年によって明らかに違うので、ピンポイントで判るんです。十九世紀半ばにデパートができたり、ファッション雑誌の流通が広がり始めてからは、流行のサイクルが早くなっていくんですね。デザインの面でも素材に関してもそうなんです。去年のものはもう今年着られないという風に。

千早 ナポレオン時代のエンパイアドレスが好きなんですが、フランスでは、服の素材は絹が主流だったところに、フランス革命がおこって、エンパイアドレスのような薄い服が流行した。そのことも、筒井さんに教えてもらいました。綿は絹よりも薄いので、肺炎で亡くなる方が増えた、とか。社会の動向がファッションの流行に影響を与えていることって多いんですよね。

筒井 きっと、いま流行っている服も、百年後の人たちから、こういう社会的な背景があったから、こんな服が求められた、と分析されることになるでしょうね。

千早 常識って本当に変わるんですよね。いま、食べ物のエッセイを書いているんですが、時代によって、いい食べ物の定義が全然違うんです。服もきっとそうなんですよね。常識は変わるんだ、ということに気づいたときに、すごく自由な気持ちになったんです。

筒井 西洋で、男性がフリルのついた服や花柄のような派手な服を着て、生活をしている時代がありました。それがある時期からダンディズム至上主義に変わります。服を楽しむことができないから男に生まれてきた自分は損をしていると思っていた芳くんが、美術館に行っていろんな種類の服を見て、自由になれたと話をするシーンがありましたよね。社会の枠組みにこだわらず、ちょっと外に飛び出すだけで、自由を感じることができるのではないかと私も思います。逆にいうと、社会や時代と服とが、いかに密接に結びついているのかということにもなるんでしょうが。

千早 たとえば私がナポレオン時代を舞台に小説を描くようなときに、トイレをするときに何枚服を脱がなければいけないかとか、一日に何回着替えてそれにどのくらいの時間がかかるのかとか、どのくらいお金を持っている人がその洋服を着るのかとか、そういうことが判っていないと、生身の人間を描くことができないと思うんですよ。

筒井 そうかもしれませんね。

千早 筒井さんは、ある程度、イメージできますよね?

筒井 生活スタイルについてはできます。

千早 そのうち歴史物を書くこともあると思いますので、そのときにはぜひ、監修をお願いします!

筒井 はい、喜んで!

(ちはや・あかね 作家)
(つつい・なおこ キュレーター)
波 2018年3月号より
単行本刊行時掲載

著者プロフィール

千早茜

チハヤ・アカネ

1979年生まれ。2008年『魚神』で第21回小説すばる新人賞を受賞し、作家デビュー。同作は2009年に第37回泉鏡花文学賞も受賞した。2013年『あとかた』で第20回島清恋愛文学賞を、2021年『透明な夜の香り』で第6回渡辺淳一文学賞を、2023年『しろがねの葉』で第168回直木賞を受賞した。他の小説作品に『男ともだち』『西洋菓子店プティ・フール』『クローゼット』『神様の暇つぶし』『さんかく』『ひきなみ』やクリープハイプの尾崎世界観との共著『犬も食わない』等。食にまつわるエッセイも好評で「わるい食べもの」シリーズ、新井見枝香との共著『胃が合うふたり』がある。

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