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項羽と劉邦〔上〕

司馬遼太郎/著

990円(税込)

発売日:1984/09/27

  • 文庫
  • 電子書籍あり

紀元前3世紀末、秦の始皇帝は中国史上初の統一帝国を創出し戦国時代に終止符をうった。しかし彼の死後、秦の統制力は弱まり、陳勝・呉広の一揆がおこると、天下は再び大乱の時代に入る。――これは、沛のごろつき上がりの劉邦が、楚の猛将・項羽と天下を争って、百敗しつつもついに楚を破り漢帝国を樹立するまでをとおし、天下を制する“人望”とは何かをきわめつくした物語である。

書誌情報

読み仮名 コウウトリュウホウ1
シリーズ名 新潮文庫
発行形態 文庫、電子書籍
判型 新潮文庫
頁数 496ページ
ISBN 978-4-10-115231-8
C-CODE 0193
整理番号 し-9-31
ジャンル 文学賞受賞作家
定価 990円
電子書籍 価格 825円
電子書籍 配信開始日 2015/05/01

書評

「マンボウ調」にあこがれて

吉崎達彦

 子供の頃、富山市の清明堂書店で新潮文庫の長い書棚を見て、どこから攻めたらよいのか、と思案したものである。
 最初の一歩は星新一であった。SF小説から推理小説、そして歴史小説へ。それから海外文学も。今までに何冊の新潮文庫を読んだか見当もつかない。「3冊選べ」とはかなり酷なご注文である。
 大学時代に嵌まった倉橋由美子作品などは、その多くが絶版になっていよう。なにしろジェフリー・アーチャーでさえ危ういそうなので。コナン・ドイルシェイクスピアはさすがに安全圏で、アルベール・カミュも健在だが、ジャン=ポール・サルトルは風前の灯であるらしい。
 風雪に堪えて現存する3000点の中から何を選ぶべきか。まずは、自分にとって重要な作家から始めるべきだろう。

北杜夫『どくとるマンボウ航海記』

(1)『どくとるマンボウ航海記』(北杜夫
 1960年のベストセラーである。若き医師が、水産庁のマグロ調査船の船医になって、世界各国を見て歩く、という設定が既に時代ものである。
 最初の寄港地シンガポールは、今では日本以上に進んだ都市国家であるが、本書の中ではのどかな途上国であり、日本軍による占領の残滓があった。60年前の世界と日本人はこんな感じであったのだ。
 しかし文章のリズムは今も新鮮で、韜晦と含羞の名調子である。マンボウものは『青春記』『昆虫記』などのシリーズとなり、今も多くのファンに愛され続けている。
 筆者もまた、「マンボウ調」の文章にあこがれた。今から約20年前、「溜池通信」というホームページを作ったときに、マンボウに似せて「かんべえ」というハンドルネームを作った。今も誰かに「かんべえ節ですね」などと言われると、秘かに嬉しくなってしまうのである。

司馬遼太郎『項羽と劉邦』

(2)『項羽と劉邦』(司馬遼太郎)
 司馬遼太郎の主要長編は、ドラマ化されるたびに脚光を浴びる。その点、中国を舞台とした本作は盲点となっているのではないだろうか。
 漢楚の興亡の物語である。偉大なるダメ男・劉邦は、一代の英傑・項羽に敗れ続ける。両者を取り巻く張良や韓信、陳平や范増など脇役陣も魅力的だ。膨大な人物像を語りつつ、「古代中国の戦争とは、兵士に飯を食わせることだった」とさらりと喝破してしまう。司馬流史観の面目躍如である。
 項羽と劉邦の力関係は、最後の最後に逆転する。司馬遷の『史記』にある通り、「虞や、虞や、なんじ奈何いかんせん」というドラマに至る。もともとは「司馬遷を望んで遼かなり」というペンネームであったそうだが、ここで両者は混然一体となる。
 書庫で埃をかぶっていた上中下巻を開いたら、あれよあれよという間に最後まで読み返してしまった。こんなに満ち足りた時間を与えてくれるのだから、文庫本とはつくづくありがたい存在である。

玉岡かおる『お家さん』

(3)『お家さん』(玉岡かおる
 最後の1冊は、ささやかながら自分が関係した新潮文庫のご紹介。
 大正から昭和初期にかけて、日本一となった商社、鈴木商店の物語である。神戸の洋糖輸入商だった鈴木商店は、女主人・鈴木よねと大番頭・金子直吉の下で世界に雄飛する。よねは直吉に全権を託し、直吉はよねのために全力を尽くす。台湾進出に成功し、多くの企業を誕生させる。他方、急成長の余波もあり、「コメを買い占める悪徳商社」と言われなき誹りを受け、本店を焼き討ちされたりもする。最後は関東大震災のあおりを受けて倒産するのだが、不思議と後味は悪くない。よねの一人称のやわらかい関西弁のせいもあるのだろうか。著者の玉岡かおるは兵庫県出身。女性経営者の大河小説を、多く世に送り出している。
 この鈴木商店の末裔が、今日の双日の一部となっている。筆者のように1980年代までに日商岩井に入社した世代は、ご先祖様に「お家さん」と呼ばれる女性オーナーが居たことを記憶している。その家庭的でエネルギッシュな社風の名残りとともに。
 そのご縁で本書の解説を書かせていただいた。筆者が思い描いていた鈴木商店の歴史とは畢竟、男の視点によるものであったことを思い知らされた。あの当時、『坂の上の雲』を仰ぎ見ていたのは、男たちだけではなかったのである。

(よしざき・たつひこ=双日総合研究所チーフエコノミスト)
波 2020年11月号より

著者プロフィール

司馬遼太郎

シバ・リョウタロウ

(1923-1996)大阪市生れ。大阪外語学校蒙古語科卒。産経新聞文化部に勤めていた1960(昭和35)年、『梟の城』で直木賞受賞。以後、歴史小説を一新する話題作を続々と発表。1966年に『竜馬がゆく』『国盗り物語』で菊池寛賞を受賞したのを始め、数々の賞を受賞。1993(平成5)年には文化勲章を受章。“司馬史観”とよばれる自在で明晰な歴史の見方が絶大な信頼をあつめるなか、1971年開始の『街道をゆく』などの連載半ばにして急逝。享年72。『司馬遼太郎全集』(全68巻)がある。

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文学賞受賞作家
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