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初恋さがし

真梨幸子/著

737円(税込)

発売日:2022/02/28

  • 文庫
  • 電子書籍あり

甘酸っぱい思い出の向こう側は、地獄です――。イヤミスの女王が放つ、戦慄のラスト!

忘れられないあの人、お探しします。どうか安心してご依頼ください――。高田馬場駅から徒歩5分、所長もスタッフも全員女性のミツコ調査事務所。訪れる依頼人たちが求めているのは、甘酸っぱい思い出の余韻? ふたたび燃え上がる恋心? それとも。眠っていた過去を呼び覚ますとき、怨嗟の血がとめどなく流れる……。秘密と殺意が絡み合い、戦慄のラストへと疾走する、イヤミスの臨界点!

目次
エンゼル様
相談受付日 2012.02.03
トムクラブ
相談受付日 2015.02.13
サークルクラッシャー
相談受付日 2015.03.05
エンサイクロペディア
相談受付日 2017.08.11
ラスボス
依頼受付日 2017.08.15
初恋さがし
相談受付日 2016.10.12
センセイ
原稿完成日 2019.01.30

書誌情報

読み仮名 ハツコイサガシ
シリーズ名 新潮文庫
装幀 松本コウシ「真昼なる」/カバー写真、新潮社装幀室/デザイン
雑誌から生まれた本 小説新潮から生まれた本
発行形態 文庫、電子書籍
判型 新潮文庫
頁数 368ページ
ISBN 978-4-10-103761-5
C-CODE 0193
整理番号 ま-64-1
ジャンル 文学・評論
定価 737円
電子書籍 価格 737円
電子書籍 配信開始日 2022/02/28

書評

かくも恐ろしきは裏の顔

三浦天紗子

 ミステリーには、最初に犯人や犯行が明かされていて、それを探る側と暴かれまいとする側との攻防を楽しむ倒叙型もあるが、ポピュラーなのは、誰が、何のために、どうやって、犯行を成し遂げたかをじわじわと追っていく謎解きスタイルだ。そんなミステリーの醍醐味は、やはり「真犯人当て」だろう。「犯人はこの人か、いやあの人も怪しい」と推理しつつ、やがて決定的な場面に来る。当たっていたときの高揚感もいいけれど、むしろ外れていたときの「してやられた感」こそが、ミステリーの最高の面白さだという気がする。
 そして、真梨幸子作品においてこれがもう、犯人が全然当たらない。いや、途中途中で起きる事件の犯人はわかるのだが、それはいわば伏線で、すべての黒幕というべき極悪人=真犯人がとにかく当たらない。してやられた感がハンパない。
『初恋さがし』の主な舞台は〈ミツコ調査事務所〉。いわゆる興信所で、所長の山之内光子は、入れ替わりの激しい調査員とともに、依頼された身元調査をするのが主な業務だ。スタッフが全員女性であることや、〈初恋さがし〉というアイデア企画で注目され、なかなかの盛況ぶりを誇る。
 一話めの「エンゼル様」では、末期がんで余命宣告されているという女性からの依頼が舞い込む。三〇年も音信不通だったというのに〈あの子のことを気にしたまま死ぬわけにはいかないのです〉というほど切実な、古い知り合い探し。それは見事にうまくいく。だが、そこでわかったふたりの意外な関係性と、その後の顛末は、いかにも後味が悪い。
 それから四年の月日が流れたという設定で始まるのは、「トムクラブ」という変わったタイトルにもそそられる二話め。近藤美里という主婦が、マンションの売買契約で、購入者となった男性〈鰻上雅春〉の素性を調べてくれと依頼してきた。折しも、未解決のバラバラ殺人が巷を賑わせているころ。美里は鰻上がピーピング・トムに由来する盗撮趣味のサークルを仕切っているのではないかと疑い、さらにおぞましい犯罪にも関わっているかもしれないと怯える。しかし、調査は意外な方向に……。鰻上が、逆に美里からネット上でストーキングされていた形跡があると訴えてくるのだ。果たして、本当のことを語っていたのはどちらだったのか。このあたりから、真梨ワールドのエンジンがかかってきて、三話めの「サークルクラッシャー」へと突入する。
 三話めの中心人物ともいえる女性が語り出す、母との確執。それほど親しくもなかったサークルの先輩・松金由佳利からの結婚報告電話。またも〈ミツコ調査事務所〉へ来た、尋ね人の依頼。今度は、以前から光子の事務所と仕事上のつきあいがあったテレビ局社員・住吉隼人からの頼みだ。まるで三題噺のように無関係な出来事には、接点があった。住吉が認知していなかった娘の居場所を、調査員の根元沙織があっさり突き止め、住吉に情報を渡す。ところが、その行為が大きな悲劇につながって……。
 一話完結の物語かと思いきや、七つある章が進むにつれ、ストーカー、世界規模のウェブ百科事典、IPアドレス検索、風俗アルバイトなど、一見無関係なパーツが連結されて、ますます事態は混沌としてくる。極めつきのキーワードは、ブラック・ダリア。著者は、たとえば『女ともだち』では東電OL殺人事件、『5人のジュンコ』ではいわゆる婚活殺人事件、『四〇一二号室』では阿部定事件にちらりと触れるなど、実在の事件を好んでモチーフに使う。本作では1947年にアメリカ・ロサンゼルスで起きた著名な猟奇殺人事件が、予想もしなかった真犯人を指し示す鍵となる。
 だが、そうした現実と小説をリンクさせてしまうのは、おそらく下世話な好奇心からだけではない。この作家はきっと「人の裏の顔」に異常な執着があるのだ。誰もが大なり小なり、人に言えない過去や本音があるものだが、それをバカ正直に見せて諍いを生むより、仮面をかぶって安寧に過ごすことをよしとするのも人情だろう。だからこそ、人は平然と裏の顔を隠す。そこに真梨は取り込み、複雑に絡み合う人間関係や、隠されていた血のつながりを明かして、もう一つの顔が垣間見えたときのカタルシスを引き出す。そうした人間の心理を手玉に取るのが真梨のミステリーのキモであり、読者を引きつけてやまない理由なのだ。

(みうら・あさこ ライター・ブックカウンセラー)
波 2019年6月号より
単行本刊行時掲載

インタビュー/対談/エッセイ

驚かせて、喜ばせて。最高の仕事です。

真梨幸子長江俊和

イヤミスの女王とも呼ばれる真梨幸子さんが、偏愛している「放送禁止」。その作品の監督でもあり、『出版禁止』『掲載禁止』をはじめとしたミステリー小説も評判の長江俊和さん。ご自身の小説『東京二十三区女』(幻冬舎文庫)を、自らドラマ化されたばかりの長江さんも、騙された! という、『初恋さがし』の刊行記念対談をお届けします。

あれ、連作じゃないんだ?

長江 『初恋さがし』、すごく面白かったです。タイトルが爽やかな雰囲気なんで、淡い純愛を描いた話かと思っていたら、まったくそんなことはなくって。ぼくの大好きなダークサイド全開で、うれしくなりました。

真梨 読者の期待は裏切りません(笑)。

長江 ちょっとずつ読もうと思っていたんですけど、止まらなくなっちゃって。一日で読んでしまいました。「ミツコ調査事務所」を中心にした連作集だと思っていたら、途中で、あれ、そうじゃないんだ、と気づいたんですね。ある登場人物に、えっ? ということが起こってから、どんどん話が長編的につながっていき、伏線も回収されていって。構成の部分でまず、驚かされました。

真梨 いつもそうなんですけど、『初恋さがし』もプロットなしで書き始めました。最初の一編「エンゼル様」を書いたときには、連作にすることすら意識していなかったんです。

長江 五編目の「ラスボス」は「小説新潮」に掲載されたときに読んでいたんです。それで、どのくらい中身が変わっているのかな、と今回読み比べてみたら、人物の名前以外、そんなに変わってなくて。だから、ああ、これはラストはこうしようと初めから考えられて書かれた作品なんだな、と想像していました。

真梨 雑誌に載った六編と書き下ろしが一編、入っているんですが、ゲラにする前に改稿はしたんです。でも、思ったよりも修正するところがなくて。無意識に結末まで考えていたのかな、と自分でも思うくらい、あれがこれの伏線になって、といろいろなところがつながって。他の作品も、最後にきれいに落ちるように考えて、一冊の本にまとめているんですが、今回、脱稿したときには、体操選手がぶれることなくきれいに着地したみたいな、十点満点のラストだったんじゃないかと、久々にすごい快感を覚えました。

まさか、あんな秘密が――

真梨 ドラマの「東京二十三区女」(WOWOW)、一話三十分だけど、役者さんたちの演技も、内容も濃くて、一本の映画を観たような気がしました(対談時は、第二話「江東区の女」までが放送されていた)。新作の『東京二十三区女 あの女は誰?』(幻冬舎文庫)も、びっくりしました。まさか、あの人にあんな秘密が隠されていたとは……。

長江 あの真相については、ぼくと幻冬舎の担当編集者と、真梨さんしか、いまのところ知りません(対談時は本の発売前)。担当プロデューサーも主役の璃々子を演じてくれた島崎遥香さんも、本を読んだら驚くんじゃないでしょうか。

真梨 長江さんの真骨頂ですよね。どんでん返しにつぐ、どんでん返しで。二冊で九区を書かれて、残りが十四区。次はどんな驚きが待っているのか楽しみです。

長江 一作目の『東京二十三区女』(幻冬舎文庫)を書いているときには、映像化されることをまったく考えていなかったので、好き勝手な場所を舞台にしていたんです。それが、ドラマ化され、しかも自分が監督もすることになって気づきました。ロケの場所を探すのが、むちゃくちゃ大変だっていうことに。結局、二作目を書くときも、物語として面白くなるような場所を舞台に設定したので、映像化されるようなことになったら、また大変な目にあってしまいます(笑)。

驚かせて、喜ばれる

真梨 初めて長江さんの作品にふれたのは、「放送禁止3」の「ストーカー地獄編」(2004年3月放送)でした。小説を新人賞に投稿していた時期で、なかなかいい結果が出なくて。その日も深夜にパソコンに向かっていたんです。つけっぱなしにしていたらテレビで「ストーカー」のドキュメンタリーが始まって、どんどん引き込まれていきました。パソコンを打つのも止めて、夢中で見ていたら……。打ちのめされました。何も知らない状態で見られて、本当に幸せでした。

長江 光栄の至りです。

真梨 どんな小説を書けばいいのか悩んでいた頃で、そこに、面白ければ何をやってもいいんだ、という啓示をいただいたような気がしました。実際その年の7月に、『孤虫症』でメフィスト賞を受賞できたんです(刊行は、2005年4月)。「放送禁止」と、友達から、これを読め! と送られてきて、なんの知識もなく読んだ我孫子武丸さんの『殺戮にいたる病』が、わたしのエンターテインメント史のなかで特別なふたつの作品です。

長江 ありがとうございます。「放送禁止」も最初から、驚かそうと思って作ったわけではないんですよね。一本目の「放送禁止」に少しだけあった謎解き要素の評判が良くて、二本目の「ある呪われた大家族」からミステリーの部分を強めていったんです。ただ、驚かす、ということについていえば、「奇跡体験!アンビリバボー」に関わったことが、大きかったかもしれません。実際にあった事件を、どういう順番で見せたら、視聴者が喜んでくれるかをみんなで考えながら、ずっと作っていましたから。

真梨 「アンビリバボー」、わたしも大好きでよく見てました。

長江 考えてみたら、ドラマだけじゃなくて、ドキュメンタリーもバラエティも、テレビ番組はおしなべて、謎を作って、引っ張って、これからどうなるんだろうという興味を視聴者に持ってもらって、オチをつける、という作り方がされているんですね。驚かせることで、喜んでもらう。

真梨 人を驚かせて、喜ばれて、しかもお金までいただけて、エンターテインメントって本当にいい仕事だな、と思うことがあります。今も、どうやって驚かせようかと、楽しみながら小説を書くことができています。残念なのは、小説を読んだり映画を観たりしても、これは伏線だろう、とか、そういうことに気がつくようになってしまって、なかなか、騙されなくなってきたことです。

長江 ぼくはいまでも、騙されます(笑)。『初恋さがし』にも騙されましたし、刑事ドラマでも、騙されることがあります。怖がりだから、ホラー映画を観て、ぎゃ〜と叫んでしまうこともありますね。

ATGからミステリーへ

真梨 映画の学校に行っていたときに、あからさまに観客を驚かせるような作品は、恰好悪い、という考え方に洗脳されたんですね。ヌーヴェルヴァーグやアメリカン・ニューシネマ、ATGをたくさん観せられて、少し意味がわからないところがあった方が恰好いい、みたいな。

長江 ぼくも映画好きだったから、そのへんの作品はたくさん観ましたね。いまでも好きな映画、たくさんあります。実は、「ストーカー地獄編」というタイトルは、羽仁進監督の「初恋・地獄篇」が元ネタだし、『出版禁止』で心中をテーマにしたのも、高林陽一監督の「西陣心中」がきっかけなんです。

真梨 わたしも、まだ洗脳が半分くらい残っているので、いまだにATGは大好きです。でも、小説を書くときには、真似できないところがあって。センスで作るものは、センスがない人がいくらがんばっても、苦行にしかならないんです。投稿しても結果が出なかったときには、まさにその呪縛にはまっていました。純文学的な、というか、センスで勝負しようとしていたんですね。それが「放送禁止」に出会って、呪いが解けたんです。高尚じゃなくても、面白ければいい、蛇女とかろくろ首とかが出てくる見世物小屋的な驚きを、面白さを追求しようって。その意味では、ミステリーに救われたのかもしれません。

長江 前から思っていたんですが、『初恋さがし』に限らず、真梨さんの小説には、ATG的な、純文学性みたいなものがベースにあるように、ぼくは感じていました。

真梨 ほんとうですか?

長江 ミステリーの要素とATGの雰囲気とが合体しているような気がして、ぼくが大好物なものがいっぱい入っているなと、いつも感じるんです。

真梨 無駄ではなかったんですね、あの洗脳時代も。

横溝作品に騙されて

長江 ATGでは、高林監督の「本陣殺人事件」もありましたね、横溝正史原作の。

真梨 田村高廣さんの大ファンだったので、名画座に観に行きました。

長江 ぼくも父親と一緒に映画館で観ました。市川崑監督の「悪魔の手毬唄」との二本立てで、今思うと、すごい組みあわせですよね。ジーパン姿と和装の金田一耕助が、同じスクリーンに映るわけですから。

真梨 両作とも横溝原作だから、一緒でいいでしょ、みたいな(笑)。

長江 横溝映画は本当に大好きですから、話し出すと止まらなくなるんですが、ぼくが小説を読んで、いちばん最初に驚かされたのは、横溝の『夜歩く』なんです。予備知識なく読んで、あのトリックの存在すら知らなかったので、まわりの人が誰も信じられなくなるくらい、見事に騙されました。

真梨 世間の評価は別にして、わたしは横溝作品では『三つ首塔』が、ドラマ版も小説も大好きなんです。好きすぎて、何度も読んで、本がぼろぼろになってしまうので、五冊以上、買い換えました。ミステリーというよりも冒険小説っぽくて、そこにハーレクインロマンスの要素も相当入っていて。いまでも、手に取ることがあります。作品によって、時代の空気を取り入れているのか、書き方も小説ごとに違っていて、本物の一流はすごい、と、横溝のことは尊敬しています。

いま、はまっていること

長江 『初恋さがし』に文京区の話が出てきて、すごくうれしかったです。『東京二十三区女 あの女は誰?』に文京区を入れようかどうしようか最後まで迷って、調べていたので。

真梨 「小説幻冬」で「縄紋黙示録」という小説を連載しているんですが、ある時期から、縄文時代に夢中になって、会う編集者、会う編集者に話をしていたら、長江さんの担当者と同じ女性編集者が、連載しましょう、と言ってくれて。その作品が、文京区だけを舞台にして、現代から縄文時代まで歴史をさかのぼるという内容なんです。

長江 それは、面白そうですね! ぼくは恋愛をテーマにしたミステリーを、という話があって。でもいまはまっているのは、「仁義なき戦い」をはじめとした、深作欣二監督のやくざ映画なんです。特に「県警対組織暴力」。あれは傑作ですので、ぜひ。

真梨 絶対に観ます! 「やくざの恋愛ミステリー」も楽しみにしています(笑)。

(ながえ・としかず 映像作家・小説家)
(まり・ゆきこ 小説家)
波 2019年6月号より
単行本刊行時掲載

著者プロフィール

真梨幸子

マリ・ユキコ

1964(昭和39)年、宮崎県生れ。多摩芸術学園映画科卒。2005(平成17)年、『孤虫症』でメフィスト賞を受賞しデビュー。2011年に文庫化された『殺人鬼フジコの衝動』がベストセラーに。ほかの著書に『女ともだち』『5人のジュンコ』『私が失敗した理由は』『初恋さがし』『一九六一 東京ハウス』などがある。

判型違い(単行本)

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