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ゴッホの手紙

小林秀雄/著

990円(税込)

発売日:2020/08/28

  • 文庫

小林を射竦めた「巨きな眼」とは何だったのか。ゴッホの魂の至純に迫る記念碑的名著。

昭和22年、小林秀雄は上野の名画展で、ゴッホの複製画に衝撃を受け、絵の前でしゃがみ込んでしまう。「巨(おお)きな眼」に見据えられ、動けなくなったという。小林はゴッホの絵画作品と弟テオとの手紙を手がかりに彼の魂の内奥深く潜行していく。ゴッホの精神の至純はゴッホ自身を苛み、小林をも呑み込んでいく……。読売文学賞受賞。他に「ゴッホの絵」「私の空想美術館」等6編、カラー図版27点収録。

目次
ゴッホの手紙
ゴッホの墓
ゴッホの病気
私の空想美術館
ゴッホの絵
「ゴッホ書簡全集」
「近代芸術の先駆者」序
注解
小林秀雄の眼 白洲信哉
図版目録

書誌情報

読み仮名 ゴッホノテガミ
シリーズ名 新潮文庫
装幀 林忠彦/カバー写真、新潮社装幀室/デザイン
発行形態 文庫
判型 新潮文庫
頁数 324ページ
ISBN 978-4-10-100713-7
C-CODE 0195
整理番号 こ-6-13
ジャンル 文学・評論
定価 990円

書評

小林秀雄山脈に登ろう

池田雅延

 この夏から秋にかけて、小林秀雄氏の作品が新たに三点、新潮文庫の仲間入りをする。八月には『批評家失格―新編初期論考集―』、九月には『ゴッホの手紙』、十月には『近代絵画』が出る。いささか大仰な物言いになるが、これは、一時期を画すと言っていい出来事なのである。
 小林氏の晩年、私は氏の本を造る係の編集者として十一年余り謦咳に接し、『本居宣長』(昭和五十二年刊)などのほか、第四次、第五次、第六次の全集にも携るという僥倖に浴したが、そういう僥倖に身をおいているうち、いつしか私は、氏の六十年にわたった文業を壮麗な大山脈のように感じるようになり、その山脈に、六つの秀峰がひときわ高く聳えていると思うようになった。作品名を発表順に言えば、「ランボオⅠ・II・III」「ドストエフスキイの生活」「モオツァルト」「ゴッホの手紙」「近代絵画」「本居宣長」である。
 ところが、この六つの秀峰のうち、「ランボオⅠ・II・III」「ドストエフスキイの生活」「モオツァルト」「本居宣長」はすでに新潮文庫で読めるようになっていたが(「ランボオⅠ・II・III」は『作家の顔』に収録されている)、「ゴッホの手紙」と「近代絵画」は他社文庫との契約事情等もあって新潮文庫では読めないという状態が続いていた。それが今回、解消され、新潮文庫に六つの秀峰が揃うのである。先に私が一時期を画すと言ったのは、こういう経緯を頭においてのことである。
 では、なぜ私が、この六作品を、ひときわ高い秀峰と感じるかだが、すでに久しいこの六作品に対する世評の高さは言うまでもないとして、この六作品こそは、小林氏が日本における近代批評の創始者、構築者と称えられるその「近代批評」の何たるかを劇的に示しているからである。
「近代批評」の「近代」とは、文学であれ絵画であれ音楽であれ、目に見え耳に聞える表の作品世界に留まることなく、作品を介して作品の奥にいる作者に会いに行き、作者と密にむかいあう、対話する、というのがその心である。しかも小林氏は、そういう作者との対話を、評論としてではなく創作として、作品として書いている。「本居宣長」については、小林氏自ら、「『本居宣長』は、思想のドラマを書こうとしたのだ」と明言していたが、氏のこの言葉に準じて言えば、「ランボオⅠ・II・III」は「詩の劇」が、「ドストエフスキイの生活」は「文学の劇」が、「モオツァルト」は「音楽の劇」が、「ゴッホの手紙」と「近代絵画」は「絵の劇」が書かれているのである。
 今回の新刊にあたって、「解説」は、『ゴッホの手紙』は小林氏の孫で、「美のプロデューサー」として活躍されている白洲信哉氏が担当される。『近代絵画』は先年(平成二十五年)、「ヘンな日本美術史」で第十二回小林秀雄賞を受けられた画家・美術家、山口晃氏が担当される。
 そしてもう一点、『批評家失格』は、昭和八年(1933)、小林氏が三十歳で本格的に「近代批評」を書き始める前の時期、すなわち大正十三年(1924)から昭和七年に至る「日本の近代批評」の夜明け前の暁光集である。ここには、昭和四年、「様々なる意匠」で文壇に出て以来、一九世紀フランスにおける「近代批評」の創始者、先駆者、サント・ブーヴに骨の髄まで学びながら、「日本の近代批評」をいかにして生み出そうかと苦心する小林氏の覇気と気概が満ちている。「解説」は私が仰せつかり、日本における「近代批評」の夜明け前、小林氏の発した暁光はどんなに眩しかったかについて書いた。

 幸いにして私は、七十歳を二つも三つも超えたいまなお東京近郊・大阪近郊をはじめ北は仙台、西は広島と方々から声をかけてもらい、大学一年生から七十代八十代に至る人たちと、小林氏の作品を共に読む連続講話の機会を与えられている。こうした連続講話も、私は小林氏の作品を先々まで読み継いでもらうための編集者の仕事と心得、嬉々として務めているが、どの会場でも年度初めには右に述べた六つの峰のことを言い、小林秀雄を読もうとするならまずこの六つの峰に登って下さい、一つでもいいから登って下さい、これらの頂上に立って小林秀雄山脈を見晴るかせば、それぞれの峰がうんと間近に見えてきます、嘘だと思うなら登ってみて下さいと、小林氏の口ぶりを真似て言う。この登攀に、今ではもう何人もの人たちが挑んでくれている。

(いけだ・まさのぶ 編集者)
波 2020年8月号より

著者プロフィール

小林秀雄

コバヤシ・ヒデオ

(1902-1983)東京生れ。東京帝大仏文科卒。1929(昭和4)年、「様々なる意匠」が「改造」誌の懸賞評論二席入選。以後、「アシルと亀の子」はじめ、独創的な批評活動に入り、『私小説論』『ドストエフスキイの生活』等を刊行。戦中は「無常という事」以下、古典に関する随想を手がけ、終戦の翌年「モオツァルト」を発表。1967年、文化勲章受章。連載11年に及ぶ晩年の大作『本居宣長』(1977年刊)で日本文学大賞受賞。2002(平成14)年から2005年にかけて、新字体新かなづかい、脚注付きの全集『小林秀雄全作品』(全28集、別巻4 )が刊行された。

判型違い(単行本)

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