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パンドラの匣

太宰治/著

572円(税込)

発売日:1973/11/01

  • 文庫
  • 電子書籍あり

ホントは明るい太宰治。二十歳の青年の恋心と純情をユーモラスに描いた傑作青春小説。

「健康道場」という風変りな結核療養所で、迫り来る死におびえながらも、病気と闘い明るくせいいっぱい生きる少年と、彼を囲む善意の人々との交歓を、書簡形式を用いて描いた表題作。社会への門出に当って揺れ動く中学生の内面を、日記形式で巧みに表現した「正義と微笑」。いずれも、著者の年少の友の、実際の日記を素材とした作品で、太宰文学に珍しい明るく希望にみちた青春小説。

  • 映画化
    パンドラの匣(2009年10月公開)
目次
正義と微笑
パンドラの匣
 解説 奥野健男

書誌情報

読み仮名 パンドラノハコ
シリーズ名 新潮文庫
発行形態 文庫、電子書籍
判型 新潮文庫
頁数 432ページ
ISBN 978-4-10-100611-6
C-CODE 0193
整理番号 た-2-11
ジャンル 文芸作品
定価 572円
電子書籍 価格 572円
電子書籍 配信開始日 2009/08/28

書評

書き残された自意識

佐久間由衣

 自分の家の本棚にも、図書館や本屋さんにある“本の検索機”があればいいのに……と、本のお仕事で自宅の本棚をひっくり返すたびに、思う。といっても、そんなに大袈裟に大量な本があるわけでもないし、家を訪ねて来てくれた友達の鞄に、こっそり本を入れる悪趣味のお陰で“適量”を保てている気がする。そんなこんなで「この本もう一度読んでみよう」から何時間、そして何日間もひっくり返したままの本が散らばっている状態。意外に悪くない。

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 そんな私が文学を好きになったのは、十八歳か十九歳で読んだ『パンドラの匣』という作品集に入っている「正義と微笑」との出会いがきっかけだった。
 人間が生まれて初めて会話する相手は、テレビの中のキャラクターでも、母親でもなく、“自意識”ではないのか。そんな風に感じてしまうタイプの人間は、最後にお別れを告げる相手さえも、自意識なのではないか。と思うと、謎に震え上がる。己への永遠の問いかけに、それを破壊しようとするエネルギーで生かされている気もする。
 日記というものは、私自身、ずっと末恐ろしかった。ただただそれと向き合わなければならない。真正面で、目まで合った状態で。
 この小説は、そんな面倒臭い私が初めて出会った日記形式の小説で、本屋さんで少しの高揚と興味本位で、立ったまま一ページ目をめくったその時、「人間は、十六歳と二十歳までの間にその人格がつくられる」と言う平たい文字。私の目にはそこだけが大きく映った。当時その年齢の渦中だった私には、自分の悩みの種に、太宰の文章は栄養を与えて、それはどんどん成長し、芽が出て花までさかす勢いだった。
 物語の行く先に明るさを感じる事が、太宰の小説の中では珍しいと知るのは、そのすぐ後の事だった。
 太宰好きな人が「出会った」ではなく「出会ってしまった」と言う言葉をよく使う気がするが、その気持ちが「分かってしまった」気がした。
 呪いをかけられた。その呪い、私は未だに解けていない。はぁ。

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 私は料理が好きだ。家事も好きだし、手先を動かす仕事が大好きだ。一般的にはそういった女性は、“穏やかで家庭的な女性”そういうカテゴリーに当てはめられるのであろう。私自身も何回かそういう言葉を言われてきたが、褒め言葉としてその度に笑顔で返してきた。
 けれど、どうだろう。家事ほどエネルギーが必要で、料理ほどエゴイズムが強いものはないのではないか。
 そんな事を気づかされた『BUTTER』。私はこの高カロリーな小説を読んでいる間、ずっと具合が悪かった。
 似たような経験を思い出す。
「本が好きだから、大人しくて内向的で言葉が綺麗なんですね」
と言っていただくことも多いけれど、
「本が好きな人はドロドロしていて、凄くアクティブで探究心の塊だと思う」
といつも私は心の中で呟いて、少し寂しくなるのだった。
 身体を洗っても洗っても、落ちない汚れがある。それは、日々蓄積されているようで、すり減っていく。気持ちとは裏腹に、“空っぽ”はどんどん空っぽという言葉が似合っていく。問題なのは、そこに気が付いているってことだ。気が付いているのに、どうしたらいいかわからないってところに問題があるんだと思う。
 気が付いていなければ、気が付いていないというところが問題だけれど、気が付いているのに分からないって事の方が長い人生でもっともっと辛いんだ。

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 皆、自分にかけてあげる言葉を探している。そんなことを考えていた時期に、『遮光』に出会った。
 確かにこの登場人物の精神状態は異常だし、果てしなく逃げ場も隙もない暗い小説ではあるけれど、中村文則さんの小説は、どんなに暗い小説でも、それを産み落とした最強ポジティブなエネルギー(私はそう呼んでいる)が、その暗さに負けない力でいつも存在してると思う。私はいつもそのエネルギーに感銘を受ける。そして文学にいつも救われている。だから、小説が好きなんだと思う。そして憧れるんだと思う。

(さくま・ゆい 俳優)
波 2021年5月号より

どういう本?

タイトロジー(タイトルを読む)

君はギリシャ神話のパンドラの匣という物語をご存じだろう。あけてはならぬ匣をあけたばかりに、病苦、悲哀、嫉妬、貪慾、猜疑、陰険、飢餓、憎悪など、あらゆる不吉の虫が這い出し、空を覆ってぶんぶん飛び廻り、それ以来、人間は永遠に不幸に悶えなければならなくなったが、しかし、その匣の隅に、けし粒ほどの小さい光る石が残っていて、その石に幽かに「希望」という字が書かれていたという話。(本書231ぺージ)

メイキング

  作者の言葉
 この小説は、「健康道場」と称する或る療養所で病いと闘っている二十歳の男の子から、その親友に宛てた手紙の形式になっている。手紙の形式の小説は、これまでの新聞小説には前例が少かったのではなかろうかと思われる。だから、読者も、はじめの四、五回は少し勝手が違ってまごつくかも知れないが、しかし、手紙の形式はまた、現実感が濃いので、昔から外国に於いても日本に於いても、多くの作者に依って試みられて来たものである。
「パンドラの匣」という題に就ては、明日のこの小説の第一回に於て書き記してある筈だし、此処で申上げて置きたい事は、もう何も無い。
 甚だぶあいそな前口上でいけないが、しかし、こんなぶあいそな挨拶をする男の書く小説が案外面白い事がある。
(昭和二十年秋、河北新報に連載の際に読者になせる作者の言葉による。)
(本書228ぺージ)

著者プロフィール

太宰治

ダザイ・オサム

(1909-1948)青森県金木村(現・五所川原市金木町)生れ。本名は津島修治。東大仏文科中退。在学中、非合法運動に関係するが、脱落。酒場の女性と鎌倉の小動崎で心中をはかり、ひとり助かる。1935(昭和10)年、「逆行」が、第1回芥川賞の次席となり、翌年、第一創作集『晩年』を刊行。この頃、パビナール中毒に悩む。1939年、井伏鱒二の世話で石原美知子と結婚、平静をえて「富嶽百景」など多くの佳作を書く。戦後、『斜陽』などで流行作家となるが、『人間失格』を残し山崎富栄と玉川上水で入水自殺。

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