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第10回 新潮文庫ワタシの一行大賞

「中高生のためのワタシの一行大賞」は、好きな一冊から、気になった一行を選び、その一行に関する「想い」や「エピソード」を書いてもらう、新しいかたちの読書エッセイコンクールです。
第10回の今年度は全国から22,310通もの応募がありました。たくさんのご応募、ありがとうございました。
選考委員の角田光代さんによる最終選考の結果、大賞1作品、優秀賞2作品、佳作2作品が決まりました。

新潮文庫編集部

受賞

選考委員

角田光代

角田光代カクタ・ミツヨ

1967年神奈川県生れ。1990年「幸福な遊戯」で海燕新人文学賞を受賞しデビュー。1996年『まどろむ夜のUFO』で野間文芸新人賞、2003年『空中庭園』で婦人公論文芸賞、2005年『対岸の彼女』で直木賞、2006年「ロック母」で川端康成文学賞、2007年『八日目の蝉』で中央公論文芸賞、2011年『ツリーハウス』で伊藤整文学賞、2012年『紙の月』で柴田錬三郎賞、『かなたの子』で泉鏡花文学賞、2014年『私のなかの彼女』で河合隼雄物語賞、2021年『源氏物語』(全3巻)訳で読売文学賞(研究・翻訳賞)を受賞。著書に『キッドナップ・ツアー』『くまちゃん』『笹の舟で海をわたる』『坂の途中の家』『タラント』他、エッセイなど多数。

選考委員

角田光代カクタ・ミツヨ

1967年神奈川県生れ。1990年「幸福な遊戯」で海燕新人文学賞を受賞しデビュー。1996年『まどろむ夜のUFO』で野間文芸新人賞、2003年『空中庭園』で婦人公論文芸賞、2005年『対岸の彼女』で直木賞、2006年「ロック母」で川端康成文学賞、2007年『八日目の蝉』で中央公論文芸賞、2011年『ツリーハウス』で伊藤整文学賞、2012年『紙の月』で柴田錬三郎賞、『かなたの子』で泉鏡花文学賞、2014年『私のなかの彼女』で河合隼雄物語賞、2021年『源氏物語』(全3巻)訳で読売文学賞(研究・翻訳賞)を受賞。著書に『キッドナップ・ツアー』『くまちゃん』『笹の舟で海をわたる』『坂の途中の家』『タラント』他、エッセイなど多数。

角田光代

選評 角田光代

読むという創造

 高根沢綸さんの『蜘蛛の糸』観は非常にユニークだ。男のエゴイズムではなく、気まぐれに男を救った「御釈迦様のエゴイズム」に注目する。そこから、私たちおのおのがエゴイズムで動いているという考えにいきつく。『蜘蛛の糸』に、あらたな方面から光をあてて、一般的な教訓とは異なる、独自の真実を導き出した。この流れが読んでいてとても刺激的だった。読むことは、かように創造性に満ちた行為だと思い知らせてくれる文章だ。

 川浦鈴音さんは、『星の王子さま』の有名なせりふを、パンデミックのなかを生きる私たちにあてはめて考えた。たしかに、だれかに会う前の待ち時間や準備の時間、私たちはまるでプレゼントを選ぶようにわくわくしている。実際に会っている幸福とは異なる幸福がたくさんある。それに気づくと日々はゆたかになるとまっすぐに告げている。

 森田聖さんの繊細な感性と、みずみずしい感受性、真摯な言葉に私は感動した。そうなのだ、読書による感動とは、ただ共感したりいい気持ちになったりすることだけではない。ざわざわと不安になったり、生きることがこわくなったり、森田さんが書いたように「傷つけられ」たりする、そういう一見、負の感情も、また感動だ。その心の動きは、読んだ本に刻まれる。十年後、二十年後、森田さんが『人間失格』を読み返すとき、この一行にきっと森田さんは高校二年生の自分を見つける。そのとき、傷ついている彼女に、大人になった森田さんはなんと声を掛けるだろう。それも含めての、読書のおもしろさでありよろこびだ。

 真偽のわからない情報や、他者の暮らしの断片、あたらしい価値観と旧弊なそれとのせめぎ合いが、いまだかつてないくらいあふれかえり、私たち個人の生活に流入してくる現在、『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』を読んだ早崎静さんは「クラゲ」になることのたやすさを、あらためて思い知った。クラゲとはつまり思考停止であるし、迎合主義である。そんなふうに意思なく漂うことで、クラゲのように、無意識にだれかを傷つけることがあるかもしれないという考察は非常に新鮮だ。「ぶれない芯」を持つことで、他人の芯も尊重することを覚え、そこではじめてマルチカルチュラルな世界を実現できるのかもしれない、とも考えさせられた。

 髙松梨華さんの文章は、やわらかく端正で、学校に向かう髙松さんが見ている光景を、私も見ている気分になった。幼いころから続けているバスケットボールをやっている意味を見失いかけ、そうしてまったくバスケとは関係のない『青の数学』の一行に励まされた。髙松さんがどこにたどり着くのか、あるいは、ここにたどり着きたかったのだとどこで思うのか、ずっと先のいつか、聞いてみたい気がする。

 読む、ということは、ただ書物に記された言葉を鵜呑みにすることではなくて、その言葉を疑い、その言葉の先を考え、その言葉をふくらませ、ときには傷つけられたり不快にさせられたりしながら、ともに生きていくことだと、今回はあらためて思いました。その機会をくださったみなさんにお礼を言いたいです。ありがとうございました。

大賞 受賞作品

高根沢綸(大田原市立 野崎中学校)
芥川龍之介『蜘蛛の糸・杜子春』

選んだ一行

 しかし極楽の蓮池の蓮は、少しもそんな事にはとんじゃく致しません。

 私は教訓的な話が嫌いだ。なぜならリアリティがないからだ。しかしこの「蜘蛛の糸」は不思議と好きだった。私がこの作品が好きなわけのとっかかりは、この一行に尽きる。一見、男のエゴイズムに注目して「この男のようになってはいけない」とこの話は教えているのだと思ってしまうが、私は御釈迦様のエゴイズムに注目して、怖いと思った。「偶然」男が蜘蛛を助けた事を思い出して、救いの糸をたらす。もし思い出さなかったら糸なんてたらさなかっただろう。例えば助かった男が悪事を働いたかもしれない。でも御釈迦様は気にしない。御釈迦様が悲しんでいても綺麗に咲く蓮のように、一々、気にしてくれるわけではなくて、おのおのがエゴイズムで動いていることをこの話は表しているんじゃないだろうか。
 気まぐれで救いの糸がたれてくることもあればそれを意図せず足蹴にしてしまう時もある。なんともリアリティにあふれていて、私はこの話が好きだ。

優秀賞 受賞作品

川浦鈴音(千葉黎明高等学校)
サン=テグジュペリ/著 、河野万里子/訳 『星の王子さま』

選んだ一行

 きみが夕方の四時に来るなら、ぼくは三時からうれしくなってくる。そこから時間が進めば進むほど、どんどんうれしくなってくる。そうしてとうとう四時になると、もう、そわそわしたり、どきどきしたり。こうして、こうふくの味を知るんだよ!

 世界が新型コロナウイルスに包まれてから、楽しみにしていた学校行事や地元の祭りなどはほとんどが中止となった。感染対策や制限を守り、自由が少し奪われる毎日。一番楽しめる時期をコロナに制約された「コロナ世代」。中々思い切って遊びに出かけることもできなくなってしまったが、楽しみや幸せは見えないところに沢山落ちていることに気づけた者勝ちだと思った。
 私は、会いたい人を待っている時間やその人のために準備する時間が好きだ。時間通りに行動し、相手を待つ。前日から準備をし、修学旅行の前日のような気持ちに浸りながら朝を迎える。待ち合わせに間に合うような行動をしていくことで「幸福の味」を知ることができると思った。感染症によって行動が制限されても、変わらない幸せは沢山ある。幸せの感じ方は皆違うが、自分に自信を持つこと、趣味があること、目標があることなど、これらのことも幸せと感じられる人でありたいと思えた。

優秀賞 受賞作品

森田聖(東海大学付属大阪仰星高等学校)
太宰治『人間失格』

選んだ一行

 弱虫は、幸福をさえおそれるものです。綿でをするんです。幸福に傷つけられる事もあるんです。

 私は他人に優しくなんてできないから、優しくされると惨めさと申し訳なさでいっぱいになる。冷たくされる時のことを考えると辛くなる。そして、冷たくされた日には勝手に傷つけられた気になっている。私は他人がくれる優しさが怖かった。主人公と恐怖の対象は違えど、所謂「ポジティブなもの」に勝手に傷ついて、それを恐れる、同じだった。ポジティブなものに限らず、主人公が何かに勝手に傷ついて臆病になっている様は私だった。自分が理解されたようだった。だけど、人間失格を読み終わったとき同じだと思った自分が恥ずかしくなった。だって、主人公はあまりにも繊細で臆病で、それが故に身勝手で、私にしたらとても嫌な人間だった。なのに、私が嫌だと思った主人公の弱さを一番にあらわしていたのはこの一行だった。私を理解してくれたと思ったこの一行だった。そしてまた、私はこの本に、この一行に、傷つけられた気になっている。

佳作 受賞作品

早崎静(日本女子大学附属高等学校)
ブレイディみかこ『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』

選んだ一行

 マルチカルチュラルな社会で生きることは、ときとしてクラゲがぷかぷか浮いている海を泳ぐことに似ている。

 私はクラゲだったのだと、はっとさせられた一行だ。
 水の流れにのって浮遊するクラゲの姿は、悲しいくらい今の私に重なる。SNSを見ながら、友達と同じ投稿に「いいね」を押す。話し合いの多数決で、少し遅れて人数の多い方に手を挙げる。目に飛びこんできたニュースの見出しを、本当かも分からないまま鵜呑みにする。きっと、そうやって周りに流されているうちに、私は顔を失い、軸のないふわふわのクラゲになってしまったのだ。そして、ちょうどクラゲが人間を刺すように、私もどこかの誰かを傷つけてしまっているのかもしれない。
 浮くのではなくて、泳がなければならない。ふわふわするのではなくて、ぶれない芯を養わなければならない。クラゲではなくて、人間にならなければならない。
 たとえクラゲに囲まれても、重心を揺がさずに大海原を泳ぎ続けられる人間であれ。そう、この一行から教えてもらったように思う。

佳作 受賞作品

髙松梨華(福岡常葉高等学校)
王城夕紀『青の数学』

選んだ一行

 ――やり続けていれば、いつか着く。

 気温三十二℃、青い空の下、私は今日も学校へ自転車の重たいペダルをまわす。小学二年生から始めたバスケットボールも、九年と半年が経とうとしていた。中学生の頃はバスケと離れた時期もあった。バスケが原因で母に怒られた事もあった。今は部員が4人で試合ができる状態ではない。ふと、「続けている理由はあるのか」。最近思うようになった。
「――やり続けていれば、いつか着く」。この本の主人公と私の場面、解釈こそ違うかもしれないが、続けていれば、主人公のようにどこかに着けるのだろうか、またバスケを楽しいと思う瞬間と出会えるだろうか、この一行は今の私に語りかけているような気がした。
 気温は二十九℃、積乱雲ができた空。今日は、自転車のペダルが少しだけ軽く感じた。

二次選考通過者

氏名 学校名 対象図書
小林史織 (浦和明の星女子中学校) 角田光代『さがしもの』
中村奏乃 (浦和明の星女子中学校) 重松清『きみの友だち』
高根沢綸 (大田原市立 野崎中学校) 芥川龍之介『蜘蛛の糸・杜子春』
平松優奈 (岡山県立 瀬戸高等学校) 三浦しをん『きみはポラリス』
青山菜妃紗 (開智中学・高等学校) ブレイディみかこ『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』
青桺ななみ (北鎌倉女子学園中学校) ルーシー・モード・モンゴメリ『赤毛のアン―赤毛のアン・シリーズ1―』
中平和心実 (近畿大学附属和歌山高等学校) 河野裕『いなくなれ、群青』
遠藤海翔 (慶応義塾普通部) 王城夕紀『青の数学』
田中翔 (秀明英光高等学校) 王城夕紀『青の数学』
川浦鈴音 (千葉黎明高等学校) サン=テグジュペリ『星の王子さま』
石塚瑛美莉 (常総学院高等学校) レイチェル・カーソン『センス・オブ・ワンダー』
森田聖 (東海大学付属大阪仰星高等学校) 太宰治『人間失格』
岩本こと芭 (日本女子大学附属高等学校) 湊かなえ『母性』
早崎静 (日本女子大学附属高等学校) ブレイディみかこ『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』
田辺百花 (日本女子大学附属高等学校) 芥川龍之介『蜘蛛の糸・杜子春』
土居聖弥 (広島県立 三原高等学校) 芥川龍之介『蜘蛛の糸・杜子春』
髙松梨華 (福岡常葉高等学校) 王城夕紀『青の数学』
佐藤虹桜 (福島県立 福島商業高等学校) 宮沢賢治『新編 銀河鉄道の夜』
大形らら (宮崎県立 都城泉ヶ丘高等学校附属中学校) 重松清『きみの友だち』
江本愛理 (横浜市立 上白根中学校) 角田光代『さがしもの』

敬称略、順不同

第10回 ワタシの一行大賞 募集要項

概要 対象図書の中から、あなたの心に深く残った「一行」を選び、なぜその一行を選んだのかを100~400文字で書いてください。
住所・氏名・年齢・学校名・学年・電話番号、対象図書名と選んだ「一行」の掲載ページを別途必ず明記してください。
(団体応募の場合は、生徒一人一人の住所・電話番号は不要です。学校の連絡先のみ明記してください)
対象者 中・高校生の個人、または、団体の応募をお待ちしています。
対象図書 2022年「中学生に読んでほしい30冊」「高校生に読んでほしい50冊」選定作品、「新潮文庫の100冊」選定作品
※「新潮文庫の100冊」選定作品は、2022年7月1日に「新潮文庫の100冊」サイトにて発表します。
締切 2022年9月30日(当日消印有効)
発表 受賞作品は「」2023年1月号(2022年12月28日発売予定)と新潮社ホームページにて、発表時に全文を掲載します。
大賞作品は次年度の「中学生に読んでほしい30冊」「高校生に読んでほしい50冊」に掲載します。
賞品 大賞:1名、優秀賞・佳作:数名に、賞状と図書カードを贈呈。
宛先 郵便:〒162-8711 東京都新宿区矢来町71 新潮文庫ワタシの一行大賞係
Eメール:ichigyo@shinchosha.co.jp

※団体応募の場合は、作品総数を必ず未開封の状態で確認できる場所に明記してください。なお、応募原稿は返却いたしません。
※応募は何作でも受け付けますが、一書名についておひとりで複数のエッセイを応募することはできません。
※二次審査通過作品の発表時にホームページ上で氏名、学校名を掲載させて頂きます。ご了承ください。
※応募原稿に記入いただいた個人情報は、選考・結果の発表以外には許可なく使用いたしません。
※団体応募時には個々人の生徒の連絡先の記載は不要です。

過去の受賞作