第7回 新潮文庫ワタシの一行大賞

「中高生のためのワタシの一行大賞」は、好きな一冊から、気になった一行を選び、その一行に関する「想い」や「エピソード」を記述する、新しいかたちの読書エッセイコンクールです。第7回の今年度は全国から22,154通もの応募がありました。たくさんのご応募、ありがとうございました。選考委員の角田光代さんによる最終選考の結果、下記の通り、大賞1作品、優秀賞2作品、佳作2作品の受賞が決まりました。

新潮文庫編集部

受賞

選考委員

角田光代

角田光代カクタ・ミツヨ

1967年神奈川県生れ。1990年「幸福な遊戯」で海燕新人文学賞を受賞しデビュー。1996年『まどろむ夜のUFO』で野間文芸新人賞、2003年『空中庭園』で婦人公論文芸賞、2005年『対岸の彼女』で直木賞、2006年「ロック母」で川端康成文学賞、2007年『八日目の蝉』で中央公論文芸賞、2011年『ツリーハウス』で伊藤整文学賞、2012年『紙の月』で柴田錬三郎賞、『かなたの子』で泉鏡花文学賞、2014年『私のなかの彼女』で河合隼雄物語賞、2021年『源氏物語』(全3巻)訳で読売文学賞(研究・翻訳賞)を受賞。著書に『キッドナップ・ツアー』『くまちゃん』『笹の舟で海をわたる』『坂の途中の家』『タラント』他、エッセイなど多数。

選考委員

角田光代カクタ・ミツヨ

1967年神奈川県生れ。1990年「幸福な遊戯」で海燕新人文学賞を受賞しデビュー。1996年『まどろむ夜のUFO』で野間文芸新人賞、2003年『空中庭園』で婦人公論文芸賞、2005年『対岸の彼女』で直木賞、2006年「ロック母」で川端康成文学賞、2007年『八日目の蝉』で中央公論文芸賞、2011年『ツリーハウス』で伊藤整文学賞、2012年『紙の月』で柴田錬三郎賞、『かなたの子』で泉鏡花文学賞、2014年『私のなかの彼女』で河合隼雄物語賞、2021年『源氏物語』(全3巻)訳で読売文学賞(研究・翻訳賞)を受賞。著書に『キッドナップ・ツアー』『くまちゃん』『笹の舟で海をわたる』『坂の途中の家』『タラント』他、エッセイなど多数。

角田光代

選評 角田光代

無限に広がる正解

さがしもの」と「なくしもの」は微妙に違う、という宮下さんの一文に、はっとした。宮下さんが読んでくれたのは私自身の書いた小説だが、さがしものとなくしものについて、その違いについて、私は考えたことがなかったからだ。そうか、「ない」ことを振り返るのではなくて、自分の前に、つまり今より先に目をこらしていくのが、さがしものなのか、と教えてもらった。私たちが何かをなくしていくのは、どうしようもなくさみしいことだけれど、目の前に広がる、毎日を一日ずつ過ごしていくことで、私たちは何か見つけていくことができるのだと、希望をもらった思いだ。

青の数学』を読んだ福本さんの、歯切れのいい文章に引きこまれた。たしかに、国語のテストと読書はまったく違う。「出題者と同じ見方でないとマルは無い」。マルをくれるのがその物語を書いた人ではなく、出題者、としたのが、福本さんの鋭さである。

ぼくは勉強ができない』の一行を選んだ丸山さんと同じことを、ずっと大人になった私も、未だに思うことがある。今、世のなかには「テンプレート」が満ちているなと感じることもある。この一行に目を留め、自分の見た経験を思い出し、「善し悪しの裏にあるもの」に目をこらそうとする丸山さんの感性を、多くの人が共有すれば、だれにとってももっと呼吸のしやすい世界になっていくのではないかと思った。

ゴールデンスランバー』から一行を引いた山田さんの考察は、なかなか考えさせられる。自分のことにいっぱいいっぱいで、世間に興味が持てないときもあれば、世間を自分とは関係ないものとして斜め上から見てしまうこともある。そして山田さんの書くとおり、私たちのかなしみや苦しみは、世界と無関係にある。でもそこに線引きをしてしまうと、今の世界は何も変わらない。自分の生きる世のなかを、よりよい方向に変えていくのは、えらいだれかではなくて私たち自身なのだと思わせてくれる文章だった。

ある奴隷少女に起こった出来事』から一行を選んだ大沼さんは、幸せについて、愛について考察を重ね、その考えの道筋をていねいに書いている。この本を読んだことのない私は、悲惨な世界でも、愛された記憶があれば生き抜けるのかとびっくりしたけれど、たしかにそうなのだと思わせる説得力が、この文章にはある。

 今回は、その一行を書いた本人が、読み手の言葉にあらたに気づかされることがある、という非常に興味深い体験をさせていただいた。これはすなわち福本さんが書いた「見方の自由」ということだ。小説は、物語は、読んだ人のものだ。どんなふうに読み、どんなふうに解釈してもかまわない。どんな一行を選んでもいいのだし、その一行に感化されても、怒りを覚えても、かなしくなっても、反発しても、明日には忘れてもかまわない。正解のない、いや、読んだ人のぶんだけ正解が広がっていくのが、読書のたのしみであり、自由さだ。

大賞 受賞作品

宮下恵(聖ヨゼフ学園中学校)
『さがしもの』

選んだ一行

目先のことをひとつずつ片づけていくようにする。

 見つからない! 詰め込んだトランクの中身を全て無造作に広げた。リビングはバスタオルや洗面用具、寝間着に洋服などで溢れかえり、中には目覚まし時計や洗濯バサミまで存在感を放つのに、小さな鍵がどこにもない。「スペアキーがあるから大丈夫だよ。」と父が言う。母は「はじめての語学研修で緊張してるの?」と心配した。両親の言葉に視線を上げた時、その鍵の数倍にも目立つハートのキーチェーンが手荷物の中に見えた。
「さがしもの」と「なくしもの」は微妙に違う。あの鍵は数時間前まで手の中にあったはずの「なくしもの」。これから私は自分にない「さがしもの」を見つけに海外へ旅立つ。気持ちが落ち着くと、準備を後回しに昨晩、読み耽った本『さがしもの』の一行が思考をよぎった。
「目先のことをひとつずつ片づけていくようにする」。この言葉の鍵を人生の鞄に持ち歩きたいと思う。目の前の雑然とした物事は、心ひとつで整理されるのだから。

優秀賞 受賞作品

福本桃子(横浜富士見丘学園高等学校)
『青の数学』

選んだ一行

同じ問題を見ていても、誰もが同じものを見ているわけじゃない。

 鳥獣戯画のワンシーン。小学校の頃のテスト。思い出した問いにはバツ印がついていた。蛙の心情を読む問題。私の蛙は驚いていた。誰かの蛙は悔しがっていた。出題者の蛙は喜んでいた。答えは一つしかなかった。出題者と同じものを見れなかったから間違えた。それでも納得できずに無理矢理忘れた一問。
 高校生になった今でも同じ事は続いている。教科書の物語は読めるのに、国語を読むことは難しい。出題者と同じ見方でないとマルは無い。大人は表現の自由だなんだというけれど、私は国語に見方の自由が欲しい。
 この一行が私の胸に飛び込んできた時。小学生の、たった一問を納得できずに見つめ続けて捨ててしまった自分が、その問いを、答えを、もう一度笑って拾ってくれた気がした。

優秀賞 受賞作品

丸山拓人(広島工業大学高等学校)
『ぼくは勉強ができない』

選んだ一行

良い人間と悪い人間のたった二通りしかないと思いますか?

 僕が小六の時の担任の先生は、給食を時間内に食べ終えられなかった人に説教をしていた。給食室の人に迷惑がかかるからという理由だった。僕も何度か友達としゃべりすぎて遅れ、怒られたことがある。そんな中でよく怒られていた女の子がいた。その子はおとなしい子で食べるのが他の人より遅かった。別にしゃべっていて遅れたわけではないその子が怒られることに僕は違和感を覚えていた。
 あれから四年が経ちこの一行に出逢い、僕はあの時の違和感の正体が分かったような気がした。人間は何事もテンプレートにはめる癖がある。人を殴れば悪い、人助けをすれば良いというふうにだ。その裏にある事情や下心を理解せずに。あの時もそうだったのだろう。先生は迷惑がかかるから悪いというテンプレートにあの子を当てはめ、頭ごなしに怒ったから僕は違和感を覚えたのだろう。物事の善し悪しの裏にあるものにこそ、本当に目を向けなければならないのかもしれない。

佳作 受賞作品

山田真亜沙(福岡常葉高等学校)
『ゴールデンスランバー』

選んだ一行

個人的な生活と、世界、って完全に別物になってるよね。本当は繋がってるのに。

 私はテレビを全く見ない。そのため世の中で起こっている様々な事件や出来事を私はよく知らない。世界を取り巻く情勢に考えを巡らせるよりも、明日の学校のことを心配する方を優先させてしまう。自分の存在する世界と事件が起こっている世界は同じなのに、どうしても別の物に捉えてしまい、私の焦点は目の前の自分の生活に当たる。
 逆に自分の身にどれだけ悲しいことがあろうと世の中は何も変わらない。
 個人の生活が寄せ集まった先に世の中はあるが、別物として互いに干渉しない部分があることでその平衡を保てているのだろうか。繋がっているのなら自分が世の中に関心を持つことで自分を取り巻く環境は何かが変わるのかもしれないと、私はこの一文を読んで思った。

佳作 受賞作品

大沼乙寧(神奈川県立橋本高等学校)
『ある奴隷少女に起こった出来事』

選んだ一行

あの希望を失いかけた日々と共に心によみがえってきたのは、年老いた善き祖母に愛された、おだやかな思い出だった。

「奴隷制」これは私たちの想像を遥かに上回るほど悲惨なものだった。この本には奴隷として生きた少女の非凡な出来事が尽く語られていた。しかし、物語の最後に彼女はこの一文を書き示した。彼女の奴隷人生の中で、辛い思いをした日々は愛された時間よりも何倍も多かったが、その僅かな愛はおだやかな思い出として彼女の記憶に残り続けた。
 この一文に出会うまでの私は、愛があってもお金がなければ幸せにはなれないと心のどこかで思っていた。しかしこの本を読み進めるうちに、自分が抱いていた幸せというものが大きすぎたなと感じた。誰かに愛されているということが、いかに幸せで、辛い時に自分の力になってくれる尊いものなのだと気づかされた。「愛」が誰かを救い、誰かの人生においておだやかな思い出となってくれるのであれば、私は人を愛し、また人から愛されるということを大切に生きていきたい。

二次選考通過者

氏名 学校名 対象図書
伊奈東子 北鎌倉女子学園高等学校 カフカ『変身』
東美緒奈 昌平高等学校 夏目漱石『こころ』
村田雄暉 京都府立 京都すばる高等学校 河合隼雄『こころの処方箋』
清宮大夢 常総学院高等学校 筒井康隆『旅のラゴス』
井上更紗 小倉日新館中学校 湯本香樹美『夏の庭』
三好由夏 和洋九段女子中学校 重松清『きみの町で』
中岑小雪 広島県立 総合技術高等学校 重松清『きみの町で』
山田真亜沙 福岡常葉高等学校 伊坂幸太郎『ゴールデンスランバー』
吉岡葵 京都聖母学院中学校 河野裕『いなくなれ、群青』
大沼乙寧 神奈川県立 橋本高等学校 ハリエット・アン・ジェイコブズ『ある奴隷少女に起こった出来事』
吉村茜 長野県立 松本深志高等学校 王城夕紀『青の数学』
髙枝瑠乃 大妻中野中学校 柚木麻子『本屋さんのダイアナ』
丸山拓人 広島工業大学高等学校 山田詠美『ぼくは勉強ができない』
中野日菜子 大阪薫英女学院高等学校 重松清『ロング・ロング・アゴー』
浅見優衣 本庄東高等学校附属中学校 重松清『きみの町で』
小林颯香 長岡英智高等学校 重松清『青い鳥』
宮下恵 聖ヨゼフ学園中学校 角田光代『さがしもの』
上田カニーズ編奈 開智日本橋学園高等学校 小川糸『あつあつを召し上がれ』
福本桃子 横浜富士見丘学園高等学校 王城夕紀『青の数学』

敬称略、順不同

第7回 ワタシの一行大賞 募集要項

概要 対象図書の中から、あなたの心に深く残った「一行」を選び、なぜその一行を選んだのかを100~400文字で書いてください。
住所・氏名・年齢・学校名・学年・電話番号、対象図書名と選んだ「一行」の掲載ページを別途必ず明記してください。
(団体応募の場合は、生徒一人一人の住所・電話番号は不要です。学校の連絡先のみ明記してください)
対象者 中・高校生の個人、または、団体の応募をお待ちしています。
対象図書 2019年「中学生に読んでほしい30冊」「高校生に読んでほしい50冊」選定作品、「新潮文庫の100冊」選定作品
※「新潮文庫の100冊」選定作品は、2019年7月1日に「新潮文庫の100冊」サイトにて発表します。
締切 2019年9月30日(当日消印有効)
発表 受賞作品は「」1月号(2019年12月27日発売予定)と新潮社ホームページにて、発表時に全文を掲載します。
大賞作品は次年度の「中学生に読んでほしい30冊」「高校生に読んでほしい50冊」に掲載します。
賞品 大賞:1名、優秀賞・佳作:数名に、賞状と図書カードを贈呈。
宛先 郵便:〒162-8711 東京都新宿区矢来町71 新潮文庫ワタシの一行大賞係
Eメール:ichigyo@shinchosha.co.jp

※団体応募の場合は、作品総数を必ず未開封の状態で確認できる場所に明記してください。なお、応募原稿は返却いたしません。
※応募は何作でも受け付けますが、一書名についておひとりで複数のエッセイを応募することはできません。
※二次通過作品の発表時にホームページ上で氏名、学校名を掲載させて頂きます。ご了承ください。
※応募原稿に記入いただいた個人情報は、選考・結果の発表以外には許可なく使用いたしません。
※団体応募時には個々人の生徒の連絡先の記載は不要です。

過去の受賞作