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「ここ」にある物語

小説家 小松エメル

 昔から、私はファンタジーが好きでした。物語に出てくるのは、特別な力を持ち、特別な世界で特別な存在として生きる人たち。つまり、凡庸で無力な自分とは正反対の人間です。ファンタジーは私を全く別の世界に、「ここではないどこか」に連れて行ってくれる夢のようなもの――その考えはこの物語に出会って一変しました。

『月の影 影の海』の主役であるようは、家族にも友人にも馴染めず、大きな違和感を持ちながらも、周りに合わせて生きてきました。さらわれるようにして異世界に旅立つも、そこにも彼女の居場所はありません。落ち込み、恨み、嫉妬し、元の世にいた以上に苦しむ陽子を見て、胸が痛くなりました。自分の半身である麒麟と再会を果たし、王として君臨した後も、更なる苦難が降りかかります。そして、陽子と同じ胎果であるろくしょうりゅうたちも、胎果ではない王や麒麟たちも、大変な運命や悩みを抱えて生きていました。

「ここではないどこか」でも、今生きている世界と同じことが起きるのに、一体何に憧れていたんだろう。どこに行っても、生きている限り苦しみは続くんだ――私は愕然としました。無力な人間であると改めて思い知らされたのです。

 でも、救われる思いもしました。陽子たちも私と同じ無力な人間だと分かったからこそ、心から応援したくなったのです。完全無欠の特別な人間だったら、ここまで共感を覚えなかったことでしょう。

 哀しみや苦しみを味わった経験があるからこそ、人は喜びや楽しみを感じます。いいことばかりの人生だったら、何が楽しいか分からなくなるでしょうし、その中でも不幸を見つけてしまう気がします。人は幸せを探すよりも、不幸を探す方が得意な生き物です。

 人生は厳しいものです。上手く行かないことの方が多いし、辛い時も多々あります。陽子たちのようにこれ以上ない困難に見舞われることもありますが、そういう時にこの物語を読むと、その困難に立ち向かう勇気が湧いてくるのです。前を向き懸命に生きる人々から発された力強い言葉に、私は奮い立たされ、救われてきました。これからまたはじまる物語においても、私たちの導きとなるような言葉がたくさん出てくるのでしょう。

 この壮大な物語と出会って十七年――ついにあの続きを読める幸せに胸が躍ります。人生は苦難に満ちていて、皆が幸せになる結末などあり得ない。それを承知の上で私は願うのです。

 私たちが愛しつづけてきた彼らに幸せが訪れんことを。

yom yom vol.57 2019年8月号より)