女による女のためのR-18文学賞

新潮社

選評

第8回R-18文学賞 
選評―山本文緒氏

山本文緒

 本賞も8回を数えることになりました。今回私が感じたことは、明らかな時代の推移です。風俗の移り変わりのスピードがぐんぐん早くなっている現代において、八年という歳月は様々な事柄がすっかり変化するのに十分な時間で、故に応募作品のカラーも、読者大賞を選ぶべく行われていたクリック投票の様相も、変化するのは無理のないこと。変化は自然の流れなのでそれを憂うというのではありませんが、紙に印刷される小説というものがどんなものであってほしいか、改めて考えさせられたことは事実です。

「内洞君」は、まずタイトルも筆名も正しく読むことができませんでした。その時点で著者本人も損をしているし、読み手にも不親切だということを自覚して頂きたいです。セックスはしてみたいが痛いのは嫌なので挿入を拒み続けるヤラハタ(やらずの二十歳の略)の女の子のお話で、幼稚で我儘な彼女が最後には何かしら勇気を持って一歩踏み出すのかと期待しましたが、都合良い男の子に都合よく優しくされるだけで終わってしまいました。ご自身の物語世界を俯瞰する視線がちらりとでも感じられれば、幼い人々の性欲と恋模様を描くという意図があったと受け取れたのですが、それも残念ながらなかった。彼氏にアナルセックスを強要される場面の描写と、最後に「まだ恋をしなくても良い」と結んだのは良かったと思います。
「いちごゼリーのたくらみ」については、評価に値する作品ではありませんでした。この著者はただ伸び伸びと書いて送ってこられたのだと思うので、そのことに対しての感想はありません。それよりも本作品が文学新人賞の最終選考に上がってきたということは、本作を「面白い。新しい文学だ」と感じる人々が確実に多数存在するというその事実に、私はかなり驚きました。このことは現実のひとつとして受け入れ、胸に刻んでおこうと思います。
「まごころを君に」はエアセックスという、せっかく今日的(?)なアイディアを持ってきたのにまったく生かせなかったのが残念です。ストーリーはぎくしゃくし、人物造形の底は浅い。タイトルをいっそ、ずばり「エアセックス」にすればよかったのでは。そして思いきりふざけてみたらよかったのではと思いました。家族とのやりとりには光るところがありました。

残りの三作「ミクマリ」「成宮失恋治療院」「七日美女」について議論を重ねた結果、「ミクマリ」が大賞受賞作となりました。私はこの三作は横並びで良いと点を付けましたが、他の選考委員の方と話し合った結果「成宮~」と「七日美女」には欠点が多く浮かび上がりました。
欠点はあれども「成宮失恋治療院」に対する私の好感は変わりませんでした。聡明でユーモアのある友人の話を「うんうん、それでそれで?」と興味深く聞いたような読後感が大変心地良い。日常の心の動きを、丁寧にすくうことに成功していると思います。失恋すると腰にくる、という表現も良い。整体を受けるシーンと元彼氏とのセックスシーンの回想を交互に書いたのも良い。そしてこの著者の性愛の書き方に好感を持った一番の理由は、主人公が恥の感覚を持っていた点です。性欲そのものはまったく悪いものではありませんが、“性欲ありますよ、あって当然ですよ、それが何か悪いですか”、というようなあけすけなスタンスで表現されると、人はあまり官能を刺激されないように思うのです。その点この主人公の整体師に対する感情は奥ゆかしく、でも溢れてしまうところが性愛なのだなあと感じられて良かったです。改行がおかしかったり、センテンスが長すぎてくどかったり未熟なところは多々ありますが、それはこの方ならすぐ克服できることだと思うので、これからも書き続けて頂きたいと思います。
「七日美女」は、本賞には珍しいファンタジックな作品で目を引きました。樹木に娘が実り、その中に自我のある娘がいた、というアイディアは冒頭から読み手をぐんと引き込む力がありました。描写は生き生きしており、場面の色彩も鮮やかです。次から次へと展開し、どうなってしまうのだろうと先が気になって、楽しく読了することができました。しかし一読目はよくても、再読するとストーリーと文章の荒っぽさが目につき、物語世界を読み手に届ける説得力に欠けたようです。推敲を重ねて隅々まで丁寧に書き込めばもっと良くなったはず。短編にしては詰め込みすぎたのも点を落とした一因です。ストーリーを沢山作れる人だと思うので期待をしています。
 受賞作の「ミクマリ」は、冒頭からアニメのコスプレをした主婦とのセックスシーンがエロティックでした。本来子供向けに作られているアニメーションの人物に過激なセックスをさせ、それに大人が欲情をするというグロテスクな文化がこの国にはずいぶん前から確かにあって、空疎な気持ちを抱える主婦にそれを持たせたのはリアルで迫力がありました。主人公の高校生の家業を助産院にしたのも成功しています。彼にとってセックスはエログロなのに、その結果として生まれてくる赤ん坊は神聖というギャップと、セックスの時と赤ん坊を産むときの女性のあえぎ声が同じ声に聞こえるという矛盾に、若い彼の感情が翻弄されるというのは巧い構図です。都合良く店で彼女を見かけたり、夫の転勤を告げる場面の真の意図がわかりにくかったりはしましたが、文章も構成も巧みで見事でした。
 軽いもの、ゆるいものが好まれるこの時代に、このような骨太な作品が世に出ることを私はとても嬉しく思います。