女による女のためのR-18文学賞

新潮社

選評

第7回R-18文学賞 
選評―山本文緒氏

山本文緒

今回、最終候補作6編を一読後、そのレベルの高さに驚きました。どれが受賞することになっても不思議ではないと思ったほどです。文章の巧みさは唸るほどで、6編とも持ち味が違いバラエティーに富んでいました。しかし逆を言うと、満場一致となりえる群を抜いた作品はなかったとも言えます。選考会では大変に議論を交わすことになりました。

「自縄自縛の二乗」はレベルの高い作品群の中で勝ち残り、大賞受賞となりました。正直なことを言いますと、最初読んだ時は文章の緻密さや表現力の豊かさはわかっても、この作品の持つ意図がよくわからなかった。自縛というのは珍しいモチーフだし、縄が人間の体にくいこむ感触や臨場感などはとても入念に描かれていると思いましたが、何故主人公は自分で自分を縛らなければならなかったのか、最初はそれがうまく掴めなかったのです。ところが二度三度と読み返してみると、主人公の内なる怒りやストレスをコミュニケーションという口実で他者にぶつけるのではなく、己に向けていこうとするストイックさ、自己を律する厳しい姿が見えてきたように思います。具体的にも抽象的にも他者の手を借りずに自分を縛りつけるのをエスカレートしていくことで、そして同胞の存在を見つけたことで、主人公の強ばった内面が解放されるのか、とても考えさせられました。とっつきにくく、読者を選ぶ小説であることは否めないかもしれません。ですが様々な形に深読みできる小説というのは、このR-18文学賞では大変希有なものだと私は思います。

「たままゆ」は、まずいいタイトルだと思いました。音のトーンがいいし何だろうと思わせる。本編は安定した文章で、熟成した表現も多く読者をいい気持ちにさせてくれる。崩れ落ちそうな若い二人の恋をやわらかく甘い菓子に例えるのも巧いなあと思いました。しかしなんだか既視感が拭えないと読了後に引っかかりを感じました。昨年も最終候補に残ったこの方は、今年も同じように上手で完成度が高く、一見文句のつけようのない作品です。いったい何が悪いのかというと、やはり去年と同じことを指摘するしかない。どこかで読んだような浮遊感、とってつけたような古風な表現、そういうものがどうしても目についてしまう。ご自分の殻を破るようなものが何かひとつ書けるといいのですが。

「真夜中の孔雀茶屋」は不思議な冒頭部分に期待が膨らみましたが、だいぶ肩すかしをくらってしまいました。野球部員だった主人公が肉体労働か水商売か迷って、すぐさま水商売を選んだ理由がまずわからない。作者はコミカルな味を出したかったのでしょうが、売春の元締めという忌まわしい商売をよく踏まえた上で書いているとは残念ながら思えなかった。反道徳的なことがいけないわけではなくて、主人公の童貞喪失物語の舞台背景としてそれを描くには筆力が足りなかったように思います。せっかく丁寧にセックスシーンを書いても設定があまりに不自然だったり、勉強不足だったりするとそちらが気になってしまいます。三宅さんの人物造形は大変よかったので残念です。

 この方は昨年とても印象的な作品で最終候補に残ったので、今回の「ワタシゴノミ」もわくわくして読みました。奇抜なアイディアと独特なユーモアセンスは健在で、しかも文章が格段にお上手になっていると感じました。エピソードも構成も説得力があり、どんどん読み手を引っ張っていく。シュールなアイディアを定石どおりのストーリーに乗せ、小説としてのバランスは前作よりうまいと思いました。ただ、惜しいことに夫婦関係の修復という物語の平凡さが裏目に出てしまった。読者というものは本当に贅沢なもので、書ける人にはさらに上のレベルを要求してしまうようです。私は快作だと思いましたが、残念ながらあと一歩受賞に及びませんでした。

「聖橋マンゴーレイン」は若い女性読者が気持ちを投影しやすい作品に出来上がっていると思います。仕事の行き先が見えず、同年代の恋人の子供っぽさにうんざりさせられ、年上の不倫相手に気持ちも体も引き寄せられる。光る表現もそこかしこにあるし、主人公の気持ちの流れがつぶさに伝わってきます。ですが、推敲不足な荒さも目につくし、南国のフルーツを性に例える手法と中年男性とのセックスはこの新人賞では使い古されています。よくある手法や人物設定でも「王道」と呼べるほどの完成度があったり、使い古されたモチーフをカバーして余りある他の魅力があればよかったのですが。あと一歩というところでした。

「16歳はセックスの齢」は実はタイトルを見てあまり期待していなかったのですが、予測したものとまったく違っていたので驚きました。処女である高校生の二人の会話がかわいく可笑しい。微笑ましく読み進めると意外な展開に引き込まれていく。リズムとセンスがよく、物語を広げすぎなかったのと深刻になりすぎなかったのがこの作品には有効だったのかもしれません。この二人のドライさ浅はかさを、狙って書いたのだとしたらすごい。ごく普通の女子高生の性欲のリアリティーを感じました。読者賞を受賞したこの作者は、沢山の作品を連発してくださるような気がします。