女による女のためのR-18文学賞

新潮社

選評

第3回R-18文学賞 
選評―角田光代氏

角田光代

今回、最終候補に残った作品は、どれもていねいに作ってあり、とても楽しんで読むことができました。残念だったのが、そのていねいさの枠を越えてなおかつ力のあるものが少なかったことです。

「ラブタクシー」、私はたいへん好感を持って読みました。読みはじめてすぐ、ラブタクシーという職種のリアリティを読み手が感じられるかと危惧したのですが、読み進むに連れ、「そういうこともあるかも」と思わせる説得力があります。最後の明るさも印象深かった。けれど、人物が類型的で、予定調和の感が拭い切れません。主人公は男の子で、彼の人のよさは描けているのですが、「男の子」ならではの感じ方というのがあまり描けていない。物語をもっと壊してもいいから、「広海」が「令ちゃん」に対して感じる欲望を、主人公にも与えてほしかった。

「ねむりひめ」は、詩的でうつくしい場面が印象深い作品でした。好きな人と性行為をして感じてしまったらそれが汚らわしいものになってしまう、けれど好きな人と性行為をしたいと願う、少女の抱える揺れや矛盾が、強く伝わります。好きな人に対する気持ちがあふれてしまって、自分でも望まない行動を起こすところはよく理解できるのですが、あまりに唐突なこと(輪姦やAVなど)はリアリティがなく、痛みが伝わってこなかったのが残念です。まとまりのいい話が多いなかで、ぼわぼわと指の隙間からこぼれていくようなこの小説は心に残りました。だれかを思うことのかなしみが、セックスを通してきちんと描かれた作品だと思います。私は当初、この作品をあまり評価していなかったのですが、選考会の話し合いのなかで、それはひょっとしたら作品の持つあくを敬遠していただけかもしれないと思い至りました。けれどあくは力です。もっと読んでみたいという期待も含めて、大賞に選ばせていただきました。

「コロッケ」の道具立て――コロッケ、ホームレス、ストリップ、照明係、老いた母親――は個人的に私が大好きなものばかりで、わくわくしながら読みはじめたのですが、こんなにいい道具を生かし切れていないという不満が残ってしまいました。登場人物が、みな社会から少しずれた場所にいるのに、小説のあり方、あるいは登場人物たちの言葉、考えが、あまりに常識的なのがもったいない。自分の手の内側で作り上げてしまった印象が強いので、たとえば非常識なもの(せりふでも、キャラクタでも)を何かひとつ入れると、読者を、また作り手をも引っ張っていく、強い作品になるのではないかと思います。

「ハイキング」には感服しました。このお茶らけた口調を最後まで崩さず、しかもたった一晩のことだけを書いているのに、充分読みごたえがある。ある箇所で私は大爆笑してしまったのですが、読み手を笑わせるということは、言葉と人物がぴったり寄り添って確固としたリアルとなっていることだと思うのです。書かれている性行為も、本当に幸せそうで、好きな人と性交するのはこんなにいいものなのかと思わせる力があります。ただ、何かひとつ足りない。ひょっとしたらそれは、男の人の書き方かもしれません。「ずっとしなかった」から「する」に移行するわけですから、ここで男の人をずるくも書けるし弱くも書ける。たぶんこの著者は、一言二言でそれが書けると思う。それが作品をもっと強くするのではないかしら。その足りないひとつで大賞には至りませんでしたが、違うテイストの作品も読んでみたいと思わせる作品であり著者です。

「蜜柑の匂いがみちみちて」の、年のいった処女と、会社で嫌われているらしいいけてない男。これまた私の大好きなキャラクタで、いいぞ、いいぞと思いながら読みました。けれど、下宿屋のおばあさんの死が出てきてから、違和感の方が強くなってしまった。死を扱ってしまったがために、小説本来の持ち味や、小説が持って然るべき現実性が、じわじわと壊されていってしまうような印象を受けました。たとえば死体の横で性行為に及ぶことができるか、という疑問があります。及ばざるを得ない場合もあるけれど、その説得感に欠けるので、物語がとたんに薄べったく思えてしまうのです。最後の一文も、その切実感やかすかな混乱、人を思うことや死と生の狭間にいるもろさが伝わらず、伝わらないとたいへんありがちな文章に思えてしまい、残念でした。死を扱わずとも、千代子と田中君のキャラクタで充分書けたのではないか、書ける人なのではないかと思います。

「フルーツ・フル」はとてもていねいに書かれた作品で、一読し、これといった欠点が思い浮かびません。けれどそれが大きな欠点のようです。南国の果物と性、あるいは食欲と性欲の関連というのは、飽きるほどなされてきたことで、そのありきたりさの枠を小説が出てこない。友達だった主人公とアズマが関係を持ってしまうところはじつにうまく描けていて舌を巻きましたが、それだけに、小説がありきたりの内にこもってしまったことがもったいない。「南国のフルーツって猥褻だよな」という最初の一文、たとえば「スティック糊って猥褻だよな」だとか「カッパ巻きって猥褻だよな」だとか、とにかくなんでもいいんですけれど、人が「へっ? 何言っとんじゃ」と思うようなものを出して、それを書ききった方が、作品としてはおもしろくなると思います。