女による女のためのR-18文学賞

新潮社

選評

第10回R-18文学賞 
選評―山本文緒氏

山本文緒

「僕のゆかちゃん」は高校二年生の女の子が期待とは違った初体験に衝撃を受ける場面から始まる物語で、輝くセックス三原則などの“初体験とはこうあらねばならない”という主人公の決めつけが堅苦しく説教くさく、あまり乗れなかったのが正直なところです。ラストの幼馴染への失恋はありきたりすぎました。力いっぱい書いていらっしゃるその迫力は伝わってきますし、面白い表現もそこかしこにあったので(「我が家の半裸生活」というところは思わず笑いました)プロットを練って、落ち着いて書くことを心掛ければもっと良いものが書ける方だと思います。
「愛とその他のこと」は、風俗嬢とマッサージ師の中間くらいの仕事をしている女性の話で、ゆるい設定ゆるい文章ゆるい構成によってふわふわした曖昧なムードが出て、それがこの作品においては効果的で良かったと感じました。冒頭の、自分の職場である火災になったら相当危ない雑居ビルを眺めるシーンが、ふわふわと生きている主人公を客観的に見つめる効果を生んでいたので、そのピリッとしたところを後半でも少し使えばもっと作品が締まったのではないでしょうか。しかし、いくら曖昧さのムードがこの作品の持ち味だとしても、あまりにも登場人物達の書き込みが足りなくて、生きている人間の実体が感じられませんでした。それにやはり、風俗で働くことはこれほど甘いことではないと私はどうしても感じてしまいました。
「ふらふら、不埒」は一読してよくわからず、細部に気をつけて読み返してみたのですがやっぱりプロットがわかりませんでした。このストーリーの後半の展開を納得するためには、男性二人が恋愛関係にあるという前提が必要なのですが、その証拠を示しているエピソードが“同じ歌を歌っていた”“同じように飴をくれた”程度のことで、なのに主人公は二人が恋愛している、男同士で肉体関係があると決めつけていて、彼女の妄想を延々聞かされているような気がして仕方ありませんでした。読み手にも確証を持たせるエピソードを入れなくては作品全体に説得力は生まれません。しかし物語世界を作ろうとする意欲は伝わってきました。
 六作中、最終的に議論になったのは「selfish」「偶然の息子」「べしみ」の三作で、私は「selfish」にはB評価を、「偶然の息子」と「べしみ」にA評価を付けました。
「selfish」は直球の片想い小説かと思いきや、主人公の身勝手ぶりに片想いの醜い側面を描いている作品なのだなと思いつつ読み進めたら、最後主人公自身が「私は健気で、かわいかったと思う」という独白があって首を傾げました。好きな男の子に優しくするどころか、自分の欲求を押しつけることしかしていないこの主人公のどこが健気なのか私にはわかりませんでした。男の子が売春をするほどお金に困っている理由が不明であるのも、ちょっとしたことのようでいて実は大きな欠点です。しかし文章力は高く、たとえば「ボールを思いっきり投げたら転がって何とか届くくらいの距離」であるなど、さりげないけれどうまい表現が沢山ありました。冒頭の男の子が登場する場面も、読み手が自分好みの男の子を投影できるようにできているところも感心しました。恋愛小説に向いている書き手の方だと思います。
「偶然の息子」は障害を持った息子の性処理についての話で大変な問題作だと思いました。この作品の中で明らかに残念だったのが、元夫の人非人ぶりがステレオタイプすぎたところです。元夫に人として当然の葛藤を持たせたらこの物語の奥行きはもっと深くなったはず。逆に言えばこの元夫の人物造形がこの作品の厚みを奪ってしまった。しかし、丁寧で迫力のある筆致にとても引きこまれました。私は特に、ぎりぎりまで追い込まれて煮詰まった主人公が、交際している男性に息子の性のことを相談した場面で、彼の「そういうことは相談してよ」という台詞をきっかけに作品世界に希望の光が差し込んだ気がして心が震えました。賛否両論が起こる作品だとは思いますが、作者はそれを覚悟の上で書かれたのだと思います。その気迫を私は大きく評価します。
 今回の大賞に決まったのは「べしみ」です。最初、女性器の病気の話かと思ったらそうではなくて、股間に男の顔ができるという荒唐無稽な話で驚きました。いったいそんな設定をどう作品としてまとめてゆくのかと思ったら、中年女の哀しくて可笑しい性欲の話になって大いに笑って大いに共感して読了しました。突飛でもない設定とリアリティのバランス、そして主人公の心情の移り変わりの描写も素晴らしかったです。しかし、自分がもっと若い時に読んだらここまでは琴線に触れない作品だったかもしれません。そういう意味では読み手の年代を選ぶ作品です。人称が揺れるのが明らかにまずかったですが、それは簡単に直せる欠点だと思います。
十年もこの文学賞の選考委員を務めさせて頂きましたが、今回でその役を辞すことになりました。この賞のおかげで私自身大変多くのことを学びました。言葉では表せないほど感謝の気持ちでいっぱいです。本当にありがとうございました。