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謎とき『ハックルベリー・フィンの冒険』―ある未解決殺人事件の深層―

竹内康浩/著

1,540円(税込)

発売日:2015/01/23

  • 書籍
  • 電子書籍あり

名作冒険譚は、作者マーク・トウェインのトラウマを描くミステリーだった!

作中、何者かに殺されたハックの父。その犯人が見つからぬままに終ってしまうのはなぜか? 執拗にくり返される死にまつわる迷信や逸話、その隠喩に込められた真の意味とは? そして周到に仕組まれた結末の「ごまかし」とは? “父殺し”という観点で読み直してみると、秘められたトウェインの驚きの過去が露わとなる――。

目次
 序章 推理小説だった『ハックルベリー・フィンの冒険』

第1章 ハックルベリー未解決殺人事件
スージーへの手紙/パップ現る/遺留品/トウェイン渾身のトリック/現場から消えたもの/幻の『ハックルベリー・フィン』
第2章 足跡と探偵小説群
一八七六年夏/「盗まれた白い象」――足跡を追うだけの物語/「サイモン・ホイーラー」――片方のブーツの足跡/無能な探偵たち/「殺人、ミステリー、結婚」――足跡の不在という謎/『うすのろウィルソン』――足跡ならぬ指紋/『トム・ソーヤーの陰謀』――執筆の不可解な放棄と足跡/『探偵トム・ソーヤー』――『ハック』のリターン・マッチ/死体はブーツを履いていたか?/探偵トムの謎とき/靴の細工に気付かない者/共に消えた殺人犯と被害者/トウェインと悪党の手口
第3章 十字
唐突な十字の出現/使われなかった伏線/うやむやにされる死体の印/十字は『トム』から続いていた/十字と洞窟の不可知性/金の輝きと死体/底なし感
第4章 解剖――トウェインのリンゴ
洞窟の解剖死体/父の死体/『自伝』の空白/兄の「自伝」が触れてしまったこと/トウェインの「人生の分岐点」/なぞの麻疹/父が死んだ日/一八七六年の「父殺し」/取り憑く亡父
第6章 禁止と誘惑
『トム』の企み/ペンキ塗りの悪魔性/仕事と報酬の切り離し/罪と罰の切り離し/ダブルというよりスプリット/墓場での殺人と解剖死体/現場への奇妙な回帰/罪人ではなく目撃者に罪の意識が芽生えるわけ/目撃者と犯罪者は同一人物/生け贄の活用/代理的に罰を受けるトム/解剖本に手を伸ばした少女/ベッキー事件の罪と罰/無実の者たち、あるいはスケープゴートたち/禁断のハックルベリーという果実
第6章 余白のエディー
失われた手書き原稿の発見/削除された「筏の章」/三年腐らない裸の死体/削除された解剖室での出来事/裸の死体が追いかけてくる/「病人の話」――抑圧と回帰の物語/虚構化される父の死体/父の死臭から逃れられない子供の罪とは/切り離しがたい死体/ハック親子の追いかけっこ/殺された子供の幽霊は父に復讐するか/奇妙な余白の書き込み/トウェイン、ウィーン、エディー/ミシシッピ川のテーベ/三叉路での父殺し
第7章 霧の中で起きたこと
霧の中の追いかけっこ/フロイト曰く「言い間違いは危険なほど秘密の意義を表現しうる」/利用された「蛇のぬけがら」/案外ジムはずる賢かった、という説/誰が蛇を殺したのか/あの悪戯の裏側/墓場から掘り出した挿話/まとわりつく蛇/先が二つに分かれた武器/パップの復讐/殺人事件の謎とき――オイディプスとトウェインの苦悩
エピローグ フロイトが読むトウェイン
一八九七年の奇遇/ウィーンのトウェイン/ハムレットなのかハックなのか/不気味な迷走/眠る良心/ハリスとジムの異常な眠り/あの夜に聞こえてきた音/山での霧と眠り/罰は虚構だ/小さければ罰せられない/フロイトのごまかし/フロイト、最晩年のもやもや/解明すべき「父殺し」とは

あとがき

書誌情報

読み仮名 ナゾトキハックルベリーフィンノボウケンアルミカイケツサツジンジケンノシンソウ
シリーズ名 新潮選書
発行形態 書籍、電子書籍
判型 四六判変型
頁数 304ページ
ISBN 978-4-10-603762-7
C-CODE 0395
ジャンル 文芸作品、評論・文学研究
定価 1,540円
電子書籍 価格 1,232円
電子書籍 配信開始日 2015/07/24

書評

波 2015年2月号より アメリカ文学「名作」の書かれなかった謎を抉る

阿部公彦

マーク・トウェインの『ハックルベリー・フィンの冒険』と言えば、最初の「純正アメリカ文学」ともされる小説。ミシシッピ川流域を舞台に主人公のハックが逃亡奴隷のジムとともに冒険を繰り広げる物語は、アメリカ人にとって心の原風景となってきた。これを読んでないアメリカ人は、きっとモグリ。日本でもよく知られた作品だ。
さて。本書はその「謎」を解いてくれるという。
「え~。でも肝心の本を読んでないわあ♪」とか「子供の頃に呼んだから、筋、忘れたぁ」というつぶやきも聞こえるが、大丈夫。実は本書で焦点があたるのは、『ハックルベリー・フィンの冒険』に書かれた「謎」ではないのだ。大事なのは、むしろそこに書かれなかったこと。著者の腕前が発揮されるのはここだ。彼は『ハックルベリー・フィンの冒険』という小説をいったんばらばらにした上で、ほとんどトウェインの筆を奪わんばかりの勢いで一から組み立て直してみせるのである。すると、そこに見えてくるのはほんとうは推理小説として構想されたはずのもう一つの作品……。
手がかりとなるのは、小説細部の「おや?」と思わせる部分である。それほど目をこらさなくても、ちょっと角度を変えてみると気になる部分があれこれ目につく。死体の服は? 足跡は? 十字形は何? と疑問が積み重なる。こうして一通りの「謎」を収集した竹内氏はじわじわと「答え」ににじりよる。ところが、そこで雲行きが変わる。ふと気づくと闇は晴れるどころか、かえって深まっているのだ。しかも、前よりも深く異様な闇。小説のほころびと思えたものがもっと変なものに通じていた。こうして竹内氏の追求の目は、小説の背後に隠れたマーク・トウェインという書き手の正体へと向けられるのである。彼は何かを隠そうとしていたらしい。でも、なぜ?
本書の後半、謎解きは一気に視界を広げ、トウェインの幼少体験や家族関係、残された草稿の書きつけ、他作品との重なり、さらには精神分析の知見――何かを隠そうとすると必ずそれは追いかけてくる――そして精神分析の創始者フロイトとのかかわりなど、ありとあらゆる証拠が次々に積みあげられる。そうした手がかりをつなげて一筋のストーリーを構築していく竹内氏の手際は見事という他ない。
冒頭の数頁だけでもめくってもらえばわかるのだが、著者の語りには天賦の才が備わり、あまりにうまいので「ひょっとするとこれはフィクションか?」と思いそうになる。運動神経抜群の文章とはこのことで、断崖絶壁をかけめぐって驚異の生還を果たし、爽快にリポビタンDを飲み干すあのコマーシャルを、はるかにリアルで、知的で、深みのあるものにした心地良い躍動感が楽しめる文章になっている。
なるほど、文学の研究とはこのようにもありうるのだ。でも、それ以前にこれは、読者に開かれた文学の世界への誘いなのである。

(あべ・まさひこ 東京大学准教授)

担当編集者のひとこと

トウェインが冒険譚とは別に描こうとした“裏テーマ”とは?

 誰もが知るアメリカ文学不朽の名作、『ハックルベリイ・フィンの冒険』。マーク・トウェインが前作『トム・ソーヤーの冒険』に続き、南北戦争直前の南部アメリカを舞台に貧しくとも陽気で腕白な白人少年の冒険と成長を描いたこの物語に、胸を熱くした覚えのある向きも多いことでしょう。しかしこの『ハックの冒険』、実は最初、トウェインは推理小説として描こうとしていたことをご存じでしょうか?
 物語のはじめ、主人公ハックの父親は何者かによって殺されてしまいます。ところが奇妙なことに、誰によって、どのような理由で殺されたのか、何ら説明もないまま忘れられ、いつの間にか話は終わってしまいます。また物語の合間合間で執拗なまでに繰り返される「死」にまつわる迷信や逸話、これまでそれらはトウェインの独特なレトリック表現と解されてきましたが、どうやら作者が謎を解くため巧妙に仕組んだ伏線だったようなのです。そして、ヘミングウェイが「この小説を読むときには、奴隷のジムがハックから盗まれるところで本を閉じるべきだ」とまで酷評したエンディング、この不自然にも大団円で終わる結末にはミステリーの構想を断念せざるをえなかったトウェインの、ある苦し紛れによる「ごまかし」が隠されていたというのです。どうやら作者トウェインは、本当はこの小説を通じて自らの抑圧された幼少期のトラウマを描こうとしていたのです。
『ハックの冒険』が実は推理小説だという説は、アメリカのトウェイン研究家の一部ではすでにいわれていたことではありました。ですが、丹念な読み解きでトウェインが主人公のハックを「父殺しの犯人」に仕立て上げるべく構想していたことを明かしたのは、本稿が初めてのこと。英国の「オックスフォード・ジャーナル」をはじめ、英米の学術研究誌でも高く評価された斬新な批評なのです。ぜひ、トウェインが冒険譚とは別に描こうとしていた“裏テーマ”と、それを巧妙に物語の中に潜ませた驚きのトリックを味わってみてください。

2015/01/23

著者プロフィール

竹内康浩

タケウチ・ヤスヒロ

1965年、愛知県生まれ。アメリカ文学者。東京大学文学部卒。北海道大学大学院文学研究院教授。Mark X:Who Killed Huck Finn's Father?(マークX――誰がハック・フィンの父を殺したか?)がアメリカ探偵作家クラブ賞(エドガー賞)の評論・評伝部門で日本人初の最終候補となる。サリンジャーの他、スコット・フィッツジェラルド、フラナリー・オコナー、マーク・トウェイン、エドガー・アラン・ポー等に関する論文を主にアメリカで発表している。

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