ホーム > 書籍詳細:とんでも春画―妖怪・幽霊・けものたち―

とんでも春画―妖怪・幽霊・けものたち―

鈴木堅弘/著

1,760円(税込)

発売日:2017/05/31

  • 書籍

こわい、あやしい、ばかばかしい!
奇想天外のエロスが勢ぞろい。

国貞や国芳による性器頭の妖怪春画から、思わずゾッとする女幽霊との交合図、そして北斎の傑作「蛸と海女」まで。江戸の想像力の極致と呼ぶべき、〈人ならざるもの〉との交わりを描いた計130余点を、気鋭研究者が読み解く。本邦初公開作品も多数収録。あなたの知らない驚きの春画を、胸やけするほど御覧に入れます。

目次
はじめに
尋常ならざる春画はなぜ生まれたのか?
答える人=石上阿希[国際日本文化研究センター特任助教]
〈とんでも春画〉の全貌
解説=鈴木堅弘 [京都精華大学非常勤講師]
【1】妖怪
【2】幽霊・死者
【3】神仏
【4】鬼・地獄
【5】動物
【おまけ】奇想天外
〈とんでも春画〉を読み解く 文=鈴木堅弘
1 妖怪春画と江戸文化
2 春画に描かれた〈異形の性神〉――庶民信仰における性器イメージ
3 謎解き、北斎の「蛸と海女」

書誌情報

読み仮名 トンデモシュンガヨウカイユウレイケモノタチ
シリーズ名 とんぼの本
装幀 歌川国芳《妖怪見立陰陽画帖》部分 天保元年(1830)以降 肉筆画帖一冊 国際日本文化研究センター蔵/カバー表、中村香織/ブックデザイン、nakaban/シンボルマーク
発行形態 書籍
判型 B5判変型
頁数 128ページ
ISBN 978-4-10-602275-3
C-CODE 0371
ジャンル 日本の伝統文化
定価 1,760円

書評

股の向こうに、お江戸が見える

東雅夫

 宿直勤務、修学旅行、悪天候で足止めされての夜明かし、ただの暇つぶし……何らかの事情で一堂に会した人々が、夜半よわの徒然に語り合い、盛りあがる話題といえば、怪談か猥談──すなわち、怖い話かエッチな話と、昔から相場が決まっている。
 これはあながち偶然とはいえないだろう。恐怖とは、死と隣り合わせの感情であり、生存本能に直結するものだ。一方の情欲は、申すまでもなく生殖本能に由来している。
 つまり、死を回避して生きのび繁殖するという、生物にとって最も原始的で切実な本能に、根深いところで結びついているからこそ、怪談や猥談は、われわれの関心を常に搔きたててやまないのではないか。そして、むきだしの本能に直結するものだからこそ、怪談も猥談も白昼公然と人前にさらすことがためらわれ、暗がりでこっそり味わうべき、隠微な娯楽とされてきたのではないか。
 股間もあらわな女や男が、副題にあるとおり「妖怪・幽霊・けものたち」と放恣に交わっていたり、あるいは性器そのものの姿をした妖怪変化や神々が跳梁跋扈したりする、まさしく「とんでもない」春画の世界を紹介した本書をいそいそと賞翫しながら、そんなことを考えていた。
 私の専門は春画ではなく、怪談や妖怪(それも文学畑)なのだが、そうした「おばけ」関連の美術書にも、この種の春画が掲げられることは過去にもあった。大蛸子蛸に凌辱されて恍惚たる表情を浮かべる海女を描いた葛飾北斎の「蛸と海女」、顔面女陰の女怪にょかいを描いた月岡芳年の《驚心動鼻図》は、その典型だろう。
 とはいえ、これほど大量かつバラエティ豊かな「とんでも春画」が、当代一流の画家たちの手で、近世を通じて飽くことなく描き続けられていたとは、しかも、それらを系統立てて分類整理し、きちんと学術的に跡づけようとする奇特にして気鋭の研究者がこうして存在したとは、たいそうな驚きであった。
 その意味で本書は、近世絵画史のみならず、幻想文学史や江戸文化史の観点からも真に画期的な意義を有する書であるといわねばなるまい。
 とりわけ興味深いのは、近世の民間信仰や、寺社の祭礼にともなう見世物興行などの場で、亀頭や女陰の擬人化ともいうべき春画に特有のキャラクターが実体化し、庶民の子授け信仰や享楽の対象物になっていたという実例を挙げての指摘である。
 また、著者が妖怪春画の嚆矢と位置づける勝川春章『百慕々語ひゃくぼぼがたり』が、妖怪画の大古典たる鳥山石燕の『画図百鬼夜行』に数年先んじて描かれており、しかも近世怪談の代名詞というべき「百物語」をもじった書名(「ぼぼ」は女陰のこと)を有するという点も、まことに示唆に富む。
 ともすればキワモノとみなされ、まともな考究の対象とならなかった分野を真摯に掘り下げることで、近世文化史の地下水脈が陽の目を見ようとしていることに昂奮を禁じえない。なお、造本やレイアウトの随処に認められる遊び心が、本書をより親しみやすいものにしていることも忘れずに付言しておきたいと思う。

(ひがし・まさお アンソロジスト・文芸評論家)
波 2017年6月号より

著者プロフィール

鈴木堅弘

スズキ・ケンコウ

1977年、愛知県生まれ。京都精華大学人文学部卒、総合研究大学院大学国際日本研究専攻(国際日本文化研究センター)博士課程後期課程修了。博士(学術)。京都精華大学非常勤講師。専門は、美術史、表象文化論。春画のほか、仏教説話画、大津絵、妖怪画まで、幅広く論じる。福岡市美術館「肉筆浮世絵の世界―美人画、風俗画、そして春画―」(2015年)では、春画の作品選定・解説を担当。著書に、『春画論―性表象の文化学』(新典社)。

この本へのご意見・ご感想をお待ちしております。

感想を送る

新刊お知らせメール

鈴木堅弘
登録
日本の伝統文化
登録

書籍の分類