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子規を読むことは、五感の解放である――。
生誕150年のいま読むべき力作評伝。

子規の音

森まゆみ/著

2,268円(税込)

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発売日:2017/04/27

読み仮名 シキノオト
装幀 中村不折画「朝顔を持つ少女」(台東区立書道博物館所蔵)/カバー装画、正岡子規画「朝顔」「糸瓜棚」(虚子記念文学館所蔵)/カバー装画、新潮社装幀室/装幀
雑誌から生まれた本 から生まれた本
発行形態 書籍、電子書籍
判型 四六判変型
頁数 398ページ
ISBN 978-4-10-410004-0
C-CODE 0095
ジャンル 詩歌
定価 2,268円
電子書籍 価格 1,814円
電子書籍 配信開始日 2017/10/06

三十代前半で病に伏した正岡子規にとって、目に映る景色は根岸の小さな家の、わずか二十坪の小園だけだった。動くことのできない子規は、花の色や匂い、風の動きや雨音などで五感を極限まで鍛え、最期まで句や歌を作り続けた。幕末の松山から明治の東京まで足跡を丹念に辿り、日常の暮らしの中での姿を浮かび上がらせた新しい子規伝。

著者プロフィール

森まゆみ モリ・マユミ

1954(昭和29)年東京都生れ。早稲田大学政治経済学部卒業、東京大学新聞研究所修了。出版社で企画・編集を手がけた後フリーに。1984年、地域雑誌「谷中・根津・千駄木」創刊、2009年まで編集人を務める。1998年に『鴎外の坂』で芸術選奨文部大臣新人賞、2003年『「即興詩人」のイタリア』でJTB紀行文学賞、2014年に『「青鞜」の冒険 女が集まって雑誌をつくるということ』で紫式部文学賞を受賞。著書に『「谷根千」の冒険』、『彰義隊遺聞』、『女三人のシベリア鉄道』、『森のなかのスタジアム――新国立競技場暴走を考える』、『昭和の親が教えてくれたこと』など多数。

書評

子規の生涯を描いたユニークなオマージュ

鹿島茂

 正岡子規が三五歳で夭折せずに天寿をまっとうしていたら、と『墨汁一滴』や『病牀六尺』『仰臥漫録』を読んだ読者がついつい想像したくなるのは、こうした子規最晩年のエッセイに漲る恐るべきパッションのせいである。ものすごい食い気、ものすごい執筆への情熱、脊椎カリエスの激烈な痛みにもかかわらず、最後の一瞬まで、なんでもいいから「生きている」ということの喜びを味わい尽くさずにはいられない性急な貪欲さが、読者を妙に感動させると同時に、明治という未来に大きく開けた時代に思いを馳せさせることになるのだ。
 「最後の何年かがどれほど苦しかったとしても、この人が明治の日本にいてよかった」
 私もそう思う。司馬遼太郎もそう感じて『坂の上の雲』を書いたのだろう。もし秋山兄弟だけが主役だったら、あのような開放感は生まれてこなかったにちがいない。
 それはさておき、本書で著者が試みているのは、子規の残した一句一句を写真のスナップ・ショットと見なして、そのスナップがどんな視点から、またカメラはどの方角に向いていたかなどを検証しながら、子規の短い日々を、それこそ分刻み、秒刻みで描いていくことである。そのため、病魔に侵されながら恐るべき健脚ぶりを発揮して日本全国を歩き回った子規の足跡を忠実に追い、俳句が読まれたであろう地点に立ち止まり、子規の眼底に映っていたはずの光景を思い浮かべようとする。この意味において、ザッハリッヒな子規の俳句は素晴らしい視覚効果を発揮する。
 しかし、子規の俳句の特徴はスナップ・ショット的な「ある特権的瞬間の切り取り」だけからなるのではない。俳句は言葉の芸術であるがゆえに、視覚的感動は音韻的感動に転位されねばならない。
 そう、著者が本当に言いたいのは「音」のことなのだ。子規の俳句には多くの音が読み込まれているが、それ以上に俳句の一字一句が充実し、自立した「音」の連なりとなっているのだ。この意味で、子規の俳句はじつにシニフィアン的なのであり、だからこそ、今日まで愛唱され続けているのである。
 ところで、これとまったく同じことが子規の俳句が埋め込まれた著者のテクストについてもいえる。
 私は前々から著者は日本一の名文家であると思っていたが、本書はさらにそれに磨きがかかっている。鴎外の史伝ものを思わせる漢文脈の律動感をたたえた名文なのである。それは、極端に言ってしまえば、何が書かれているか分からなくても口に出してそのテクストを読むだけで気持ちがよくなるという類いの文章なのだ。
 たとえば「くれなゐの二尺伸びたる薔薇の芽の針やはらかに春雨のふる」を配した「はじめに」の冒頭のテクストを読んでみよう。
 「小学生の頃、私が初めて暗記した子規の歌。何度口ずさんだことか。やや女性的な感じがす
 るが、肺結核から脊椎カリエスになって仰臥する三十代前半の子規にとって、目に映る景色は
 、この東京根岸の小さな家の、わずか二十坪の小園しかなかった」
 なんでもないテクストのように思えるかもしれない。だが、これは実にうまい文なのだ。たとえば、「この東京根岸の小さな家の」と「の」を一気に、なんのこだわりもなく三つ繋がりにするところなど。これは「くれなゐの二尺伸びたる薔薇の芽の」という子規のリズム感が肉体の隅々まで入っていなければ出てこない音韻感覚だ。では、「の」が三連になっていればいいのかといえば、そうはいかない。「この東京の小さな家の」としたら、ただのつたない文章になるだけだ。「の」の三連が許されるのは「東京根岸」となっているからなのである。
 ことほどさように、本書はシニフィエ(意味)ばかりでなく、シニフィアン(音)において子規の生涯を描き切った、極めてユニークなオマージュなのである。

(かしま・しげる 作家)
波 2017年5月号より

目次

はじめに
一 松山の人 慶応三年〜明治十六年
二 東京転々 明治十六〜十九年
三 神田界隈 明治二十年
四 向島月香楼 明治二十一年
五 本郷常盤会寄宿舍 明治二十二年
六 べースボールとつくし採り 明治二十三年
七 菅笠の旅 明治二十四年
八 谷中天王寺町二十一番地 明治二十五年
九 下谷区上根岸八十八番地 明治二十五年
十 神田雉子町・日本新聞社 明治二十六年
十一 その人の足あとふめば風薫る 明治二十六年夏
十二 はて知らずの記 宮城編 明治二十六年夏
十三 はて知らずの記 仙台・山形編 明治二十六年夏
十四 はて知らずの記 最上川・秋田編 明治二十六年夏
十五 「小日本」と中村不折 明治二十七年
十六 根岸農村風景 明治二十七年後半
十七 日清戦争従軍 明治二十八年
十八 神戸病院から須磨保養院 明治二十八年夏
十九 虚子と碧悟桐そして紅緑 明治二十九年
二十 海嘯 三陸大津波 明治二十九年
二十一 「ほととぎす」創刊 明治三十年
二十二 短歌革新 明治三十一年
二十三 隣の女の子 明治三十二年
二十四 和歌に痩せ俳句に痩せぬ夏男 明治三十三年
二十五 八石教会 明治三十四年
二十六 へちま咲く 明治三十五年
あとがき
参考文献

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