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バテレンの世紀

渡辺京二/著

3,960円(税込)

発売日:2017/11/30

  • 書籍
  • 電子書籍あり

日本とヨーロッパの「ファースト・コンタクト」。
『逝きし世の面影』『黒船前夜』に続く待望の書、刊行!

大航海時代、日本もまたグローバルプレーヤーだった。世界が海で繋がった世紀を、ポルトガル海上帝国の構築、イエズス会の積極的布教、信長・秀吉・家康や諸大名ら権力者の反応、個性的な宣教師、禁教、弾圧、島原の乱、鎖国というキリスト教伝来をめぐる出来事を軸に、壮大な文明史的視点で振り返る「渡辺史学」の到達点!

  • 受賞
    第70回 読売文学賞 評論・伝記賞
目次
プロローグ ファースト・コンタクト
第一章 ポルトガル、アフリカへ
第二章 インド洋の制覇
第三章 日本発見
第四章 ザビエルからトルレスへ
第五章 ヴィレラ、都で苦闘す
第六章 平戸から長崎へ
第七章 信長、バテレンを庇護す
第八章 豊後キリシタン王国の夢
第九章 ヴァリニャーノ入京
第一〇章 天正少年使節
第一一章 秀吉と右近
第一ニ章 バテレン追放令前後
第一三章 サン・フェリーペ号事件
第一四章 家康とイエズス会
第一五章 マードレ・デ・デウス号爆沈
第一六章 太平洋を越えて
第一七章 英国商館とアダムズ
第一八章 朱印船南へ
第一九章 家康、禁教に踏み切る
第二〇章 マカオの日本人同宿
第二一章 禁教令下の諸相
第二二章 海賊から商人へ
第二三章 タイオワン事件の顛末
第二四章 島原・天草蜂起す
第二五章 原城の攻防
第二六章 農民反乱か宗教戦争か
第二七章 ポルトガル人追放
エピローグ ファースト・コンタクト再考
あとがき 参考文献 関連年表 人物生没年比較表 索引

書誌情報

読み仮名 バテレンノセイキ
装幀 狩野内膳筆『南蛮屏風』(左隻)部分 神戸市立博物館 蔵/カバー装画、Kobe City Museum/Photo、DNP artcom/Photo、新潮社装幀室/装幀
発行形態 書籍、電子書籍
判型 A5判
頁数 480ページ
ISBN 978-4-10-351321-6
C-CODE 0095
ジャンル 日本史
定価 3,960円
電子書籍 価格 2,816円
電子書籍 配信開始日 2018/05/04

書評

対等だったファースト・コンタクト

新保祐司

 1543年、3人のポルトガル人が中国船に乗って種子島に漂着してから、1639年いわゆる「鎖国令」の完成に至る約1世紀は、英国の極東史家によって「日本におけるキリスト教の世紀」とされているが、本書は、この日本史上極めて興味深い「キリシタンの世紀」を詳細に描いた労作である。渡辺京二氏は、これを10年余の長きにわたり、月刊誌に連載したのである。
 何故興味深いかといえば、これが、日本と西洋の遭遇としてのファースト・コンタクトだったからである。平成30年(2018)は、明治150年にあたるので、様々な回顧が行われることになるだろうが、明治の開国は、日本と西洋の遭遇としてはセカンド・コンタクトであった。このセカンド・コンタクトについては、名著『逝きし世の面影』をはじめとする多くの著作を氏はものしてきた。そういう氏であるからこそ、ファースト・コンタクトについての「歴史叙述の大作」が書けたのである。「歴史叙述は詳しいほど面白いからだ。」と氏は「あとがき」に書いている。
 今、「歴史叙述」の書といって、「歴史書」と記さなかったのは、氏が歴史の研究書としての「歴史書」とははっきり違いを意識しているからである。「それはギリシア史の教科書と、ヘロドトス、トゥキュディデスを読み較べればわかる。」と書いている。「歴史叙述」の傑作としては、幕末維新期の歴史を描いた大佛次郎の『天皇の世紀』が頭に浮かぶ。氏が、本書を『バテレンの世紀』と題したとき、『天皇の世紀』の「歴史叙述」を先達の偉業として意識していたかもしれない。
 本書の魅力としては、やはり氏ならではの視点からの叙述があることであろう。このファースト・コンタクトの歴史は、いつもセカンド・コンタクトとの比較において回想されているのである。
「最初の出遭いのとき、両者の関係は対等であった。いや対等というより、遠く母国から数千里を距てて、当時武力充実していたこの国を訪れた彼らは、とくに秀吉・家康の統一政権成立ののちは、政権の意向に阿諛迎合を強いられさえした。だが二世紀半ののち再び出現した彼らは居丈高だった。彼らは幕閣の要人を、まるで丁稚小僧に対するように怒鳴り散らしたのである。」
「対等であった」ファースト・コンタクトの1世紀の歴史は、徳川幕府の徹底した政策によって日本人の記憶から失われていたのである。本書の書き出しの文章は、印象的なもので、名文といっていいであろう。
「第二の出遭いの前に、第一の出遭いがあった。だが二度目の出遭いを迎えたとき、最初の出遭いの記憶はすでに遠い忘却の彼方へ消え去っていた。」
 セカンド・コンタクトのときに「丁稚小僧」として扱われた日本人は、ファースト・コンタクトについても「対等であった」ことを「忘却」して、西洋に「阿諛迎合」した「キリシタン史」に泥んでしまった。それに対して、渡辺氏は次のように「明治以来の因襲」を批判している。ヴィレラというパードレが、平戸で信者に神社仏閣から偶像や書物を運び出させ、海岸に積みあげて火を放った。仏僧が怒り、領主松浦隆信に訴え、隆信がヴィレラを追放した事件に触れて次のように書いている。
「近時はそういう風潮もよほど薄らいだが、ひところまでキリシタン史の叙述者は、宣教師に好意的だったり入信したりした者を肯定的に扱い、宣教に好意を持たぬ領主や仏僧を悪玉視する傾向があった。だが考えてもみよ。日本の仏教ミッションがヨーロッパの一角に上陸し、教会堂からイエス像や聖書を持ち出して焼いたならば、騒ぎはこの時の平戸の比ではあるまい。それを思えば、隆信の反応は甚だ穏やかなものだといわねばならない。隆信を悪玉視するのは欧米の文明を人類の正道と信じ、その移入に抵抗する者を反動ときめつける明治以来の因襲であろう。」
「だが考えてもみよ」というのは、渡辺氏の多くの著作から聞こえてくる声であり、氏は、この「明治以来の因襲」から日本人の精神を解放する。ハンチントンの『文明の衝突』がますます現実化している今日、日本文明と西欧文明の最初の「文明の衝突」としてのファースト・コンタクトの歴史を知る上で、本書は必読の書である。
 もうひとつ、氏らしい鋭い指摘を挙げるならば、イエズス会の聖イグナチオの『霊操』に触れて、イエズス会は、マルクス主義前衛政党を彷彿とさせる戦闘部隊だったとしていることである。こういう眼力は、氏の真骨頂であろう。

(しんぽ・ゆうじ 文芸批評家)
波 2017年12月号より
単行本刊行時掲載

著者プロフィール

渡辺京二

ワタナベ・キョウジ

1930年京都生まれ。大連一中、旧制第五高等学校文科を経て、法政大学社会学部卒業。日本近代史家。河合文化教育研究所主任研究員。主な著書に『北一輝』(毎日出版文化賞)、『日本近世の起源』、『逝きし世の面影』(和辻哲郎文化賞)、『江戸という幻景』、『未踏の野を過ぎて』、『もうひとつのこの世』、『万象の訪れ』、『黒船前夜』(大佛次郎賞)、『幻影の明治』、『無名の人生』、『日本詩歌思出草』他。

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