ホーム > 書籍詳細:14歳のバベル

巨大テロか古代王国の再臨か。カウントダウンの始まる中で展開するファンタジー長編。

14歳のバベル

暖あやこ/著

1,944円(税込)

本の仕様

発売日:2018/02/22

読み仮名 ジュウヨンサイノバベル
装幀 藤田新策/装画、新潮社装幀室/装幀
発行形態 書籍
判型 四六判変型
頁数 334ページ
ISBN 978-4-10-350852-6
C-CODE 0093
ジャンル ミステリー・サスペンス・ハードボイルド
定価 1,944円

担ぎ込まれた病院の診察台で、14歳の見た奇妙な夢が発端だった。ビール樽の林立する地下工場。指揮を執る少年王シルトの姿。彼は告げた。地上世界は間もなく消滅する。代わって自分たちが人類史をやり直すのだと――。ビール会社の新商品キャンペーンにカムフラージュされた黙示録的計画。今週末の金曜日が危ない!

著者プロフィール

暖あやこ ダン・アヤコ

1978年、東京生れ。上智大学および同大学院経済学研究科に学ぶ。放送作家、小説家。著書に『恐竜ギフト』(第24回日本ファンタジーノベル大賞候補作)、『遠く海より来たりし者』(新潮社刊)がある。

書評

ビールが甦らせたバベルの呪い

小谷真理

 米国滞在中、中西部はウィスコンシン州のご当地ビール(エール)を試し、その絶妙な味わいに衝撃を受けた事がある。当然ヨーロッパから持ち込まれたビール技術が駆使されていたのだろうが、欧州産とはかなり違っていた。素朴で、苦さもコクもワイルドだった。そう言えば、日本のビールは湿気の多さを吹き飛ばすような、切れ味のいいタイプが多いと気が付いた。こんなわけで、いつの間にか様々な種類のビールを楽しむカルチュアに親しんでいた。だから、物語の中に登場するビールのことも、気になる。
 例えばビールはファンタジーと相性がいい。かのトールキン先生の一大ファンタジー『指輪物語』には、ホビットというビール好きの小人が出てきて、しょっちゅう飲んではしゃべっている。会話にはビールがつきものなのか。そして、ここが重要なポイントなのだが、冒頭、異世界ファンタジーっぽいイントロを持つ本書でも、ビールは最重要アイテムになっている。
 タイトルに14歳とあるので、未成年とビールがどう関係あるのか、と不審に思うかもしれない。でも未成年が飲酒するわけではない。主人公たる冬人少年の父親・吾郎の勤め先が、大きなビール会社なのだ。そして、舞台となっている近未来では、ビールがもてはやされている。ビール好きにはありがたい話だが、ただし、一筋縄ではいかない仕掛けがある。
 8年前にとんでもなく大きなサイバーテロが勃発し、国民全員がトラウマ的な状態にある世界というのだ。つまりポスト3・11の現代をうかがわせる設定である。国内には封鎖された汚染地帯があり、住民の強制移住があり、なんとサイバーテロへの教訓からPCやインターネットが禁止されている。
 コンピュータもスマホもない世界だなんて、まさにバベルの呪いがかかったようとしか言いようがない。だからこそ、そんなアナログ世界のなかでイエローフライデーというイベントが設けられ、7月の第3金曜日に縁起担ぎで人々は黄色いものを身につけ、そして黄色い飲み物を飲む。かくしてビールは珍重され、冬人少年の父は仕事に邁進している、というわけなのだ。だが、やがてこの父子は、とんでもない事件に巻き込まれていく。
 冒頭のファンタスティックな出だしと、冬人少年のあまりにも異常な(?)繊細ぶりに、これは100%ファンタジー・テイストな作品かと思って読み始めたら、全く予測は外れた。白昼夢のような世界からロジカルな現実感へと転換するのだ。次第に世界情勢が見え、事件がくっきりと浮かび上がってくる。この展開はなるほど、前著『遠く海より来たりし者』を彷彿とさせる。前作は、マッドサイエンティストをターゲットにしたサイエンス・サスペンスだった。離島で行われた禁断の実験と破棄の実態を、製薬会社の社史編纂室のメンバーが解き明かす、という趣向で、ミステリっぽい出だしだったのに、サイエンス志向と進化論方面に話題がグイグイと進んでいって、ホラー風味のSFという読後感だった。
 本書では、壮大な歴史観を垣間見せながら、現実的な考察へと突き進んでいくが、特に大きな主題は、コミュニケーションの問題、つまりバベルの呪いの物語である。よく知られている通り、バベルとは、古代都市バビロンのヘブライ読みで、バベルの塔は旧約聖書の創世記に登場する塔のことを指す。バビロンの民が、天に届くほど高い塔を作り上げようとする。すると、そんな不遜な望みに対して、神が怒り、人の使う言葉を互いに通じないようにしてしまうのだ。かくして工事は頓挫し、塔は打ち捨てられる。
 ユーフラテス川流域では今も発掘調査が進んでいて、伝説の真相を長きにわたって調べているそうだが、伝説に描かれたコミュニケーション障害という問題自体は、人類史上いつでも身近な関心事だったのではないか。本書の場合、冬人少年は学校でも対人関係で苦労しているが、それ以上に大変そうなのは、親子間のコミュニケーションだ。ぎこちない親子の関係性にはらはらしながらも、その一方で、バベルの塔を作ったとされるバビロンの民がエールを作っていたという驚くべき事実を、本書は教えてくれた。バビロンのビールはバベルとコミュニケーション障害にどのような楔を打ち込んだのか、そして、父と子はどのようにしたら互いの意思を伝達できるようになるのか。ヒトの文明と心理を大きく切り結びながら、最後まで予断を許さぬ展開だった。

(こたに・まり SFファンタジー評論家)
波 2018年3月号より
単行本刊行時掲載

目次

プロローグ
第1章 診察室
第2章 ウルの旗章
第3章 モニュメント
第4章 エンキになる
第5章 最後の晚餐
第6章 イエローフライデー
第7章 バベルの塔の頂で
第8章 アンズー鳥の黙示録

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