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自覚―隠蔽捜査5.5―

今野敏/著

1,650円(税込)

発売日:2014/10/22

  • 書籍

この男の行動原理が、日本を救う! “変人”警察官僚の魅力が際立つ超人気シリーズ第七弾。

署長・竜崎伸也はぶれない。どんな時も――誤認逮捕の危機、マスコミへの情報漏洩、部下たちの確執、検挙率アップのノルマなど、大森署で発生するあらゆる事案を一刀両断。反目する野間崎管理官、“やさぐれ刑事”戸高、かつて恋した畠山美奈子、そして盟友・伊丹刑事部長ら個性豊かな面々の視点で爽快無比な活躍を描く会心のスピンオフ!

目次
漏洩
訓練
人事
自覚
実地
検挙
送検

書誌情報

読み仮名 ジカクインペイソウサ5.5
雑誌から生まれた本 小説新潮から生まれた本
発行形態 書籍
判型 四六判変型
頁数 264ページ
ISBN 978-4-10-300257-4
C-CODE 0093
ジャンル ミステリー・サスペンス・ハードボイルド
定価 1,650円

書評

成長していく脇役たち

関口苑生

「考えるとは、合理的に考える事だ」
 と言ったのは批評の神様・小林秀雄である。ところが、この合理的という言葉の意味がなかなか厄介で、最近の風潮では能率的と同じことだと勘違いしている人も多いようだ。
 そこで誤解が生まれる。たとえば合理的な人間と聞いて思い浮かべるイメージも、人によっては随分と違う。おそらく今では機械的に物事を判断し、情の入る余地のない、数字と結果がすべての、要するにあまりお友達にはなりたくはない人物というのが多数を占めているのではないか。
 実は《隠蔽捜査》シリーズの竜崎伸也警視長が、まさにそう思われていた人物だった。
 シリーズのスピンオフ短篇集『自覚―隠蔽捜査5.5―』には、そうした例が次々と登場する。というのも、この短篇集の語り手、主役は竜崎ではなく、普段、彼の周囲にいる大森署の部下やライバルなのだった。いつもは脇にいる彼らの視点から見た竜崎の印象が語られるのである。だが、そこで出てくる声は驚くほど辛辣なものだ。曰く――
「合理的に考え、ばっさりと斬る。それが竜崎流だ」
「竜崎は、不合理なものをずばりずばりと切り捨てていくタイプだ。だから、温情や思いやりといった心情的な面は無視して、ドライに数字で判断するほうを好むかもしれない」
「いったんその信頼を裏切ったら、二度と相手にしてくれないような気がする」
 もちろんすべて誤解である。実際にそういうことがあったわけではない。誰かからそんな話を聞いたわけでもない。ただ、竜崎の普段の態度が、彼らをしてそう思わせるのだ。
 貝沼悦郎副署長の場合は、登庁して各社の朝刊を読んだときに、まず竜崎の顔を思い浮かべた。そこには東日新聞一紙だけが、貝沼自身も聞いていない連続婦女暴行未遂事件容疑者の逮捕劇を報じていたのだ。貝沼が真っ先に心配したのは捜査情報の漏洩と他紙とのマスコミ対応である。さらにそこへ飛び込んできたのが、これはどうも誤認逮捕ではないかという現場からの報告だった。そのとき、貝沼が思ったことは何か。それはこの事態を絶対に竜崎に知らせるわけにはいかないということだった。
 関本良治刑事課長の場合は、強盗殺人事件の犯人が人質をとっているにもかかわらず、部下の刑事が発砲してしまったことで竜崎の判断を憂いていた。銃の使用は、はたして妥当だったのかということだ。関本は部下を守ってやりたいのはやまやまだったが、竜崎は曖昧なことが嫌いなので、おそらく処分ありきが先で考えるのだろうと思うのだ。
 野間崎政嗣管理官の場合は、新しい方面本部長・弓削篤郎警視正が異動してきたときに、管轄区域の警察署で問題があるのはどこかと訊かれて、咄嗟に大森署ですねとこたえてしまったことで、その理由を一生懸命作る羽目になる。
 ほかにも『疑心―隠蔽捜査3―』で竜崎の心をとことん迷わせた畠山美奈子、いつもは表に出てこない地域課長や強行犯係長、竜崎の同期で幼馴染みの伊丹俊太郎刑事部長らが登場し、彼らの眼で見る竜崎の姿がたっぷりと描かれる。
 良質なシリーズ作品には、巻を重ねるごとにキャラクターが成長していくという特徴があるが、それは何も主人公だけに限ったことではない。むしろ脇役が成長して初めて血肉がついて、厚みも生まれてくる。本シリーズはその典型例だろうが、長篇では脇役ひとりひとりにスポットライトを当てて丁寧に描くことが意外に難しい。ところが短篇なら、これが容易に出来てしまうのだった。一読して、こんなにも脇役が立った小説というのは珍しいと感じた。
 しかしそれにしても、と改めて思うのは、どうしてこれほど竜崎は誤解されるのか。先にも書いたが、ひとつには彼の態度のせいもあるかもしれない。が、それ以上に勘違いされているのは、合理的な考えという部分だろう。竜崎の考える合理的の意味と、周囲の人間が考えるそれとはどうも別物であるらしいのだ。竜崎は常にものの道理を思う。道理とは物事の筋道であり、人の行うべき正しい道である。そのことがわかったとき、彼らの竜崎を見る眼が違ってくる。
 こういう作品を素敵な小説と言うのだろう。


(せきぐち・えんせい 文芸評論家)
波 2014年11月号より

インタビュー/対談/エッセイ

贅沢な短篇小説

今野敏

 作家としてデビューしてからずっと、短篇小説を書くことは好きでした。さらに言えば、短篇はトレーニングの場だと思って書いてきました。
 長篇と違って短篇には枚数に制限がありますから、むだな描写を削ぎ落とすことが要求されます。それによって、冗長ではない文章を書く技術が身につくんです。また、長篇は基本的に起承転結の流れに沿ってストーリーを組み立てますが、短篇の場合は時として「承結」あるいは「転結」で物語を作らなくてはなりません。警察小説に即して言えば、事件の発生から説明していくのが長篇で、いきなり捜査のシーンから入るのが短篇。短篇は一行目から読者を引き込まなくてはならず、そのために一種の力業が必要になってきます。
 それに、十本の長篇を書き上げるためには何年もかかりますが、短篇なら一年で十篇書くこともできるでしょう。作品を結末まで書くということがとても重要で、それを積み重ねれば確実に小説の技術が向上すると思います。かつては同人誌がその修業の場でしたし、小説誌でも若手に短篇を書く機会が与えられていましたが、最近はどうしても長篇優先の傾向が強いですよね。もちろん市場を考えればそれはやむを得ないことですが、作家にとって短篇を書かないと上手くならない、というのは一つの鉄則だと思っています。
 実は警察小説は短篇向きのジャンルなんです。大がかりな事件捜査を扱わなくても、警察官同士の人間関係や、組織内部の問題を書くことで面白いドラマが生まれます。横山秀夫さんの作品がその好例でしょう。今書いている警察小説の中で、安積班シリーズと隠蔽捜査シリーズは、長篇と短篇を交互に書いています。吉村昭さんが小説を竹にたとえて、短篇は節の部分にあたると言っていたそうですが、まさにそんな感じですね。
 今回の『自覚―隠蔽捜査5.5―』はシリーズ二冊目の短篇集です。一冊目の『初陣―隠蔽捜査3.5―』は、すべて主人公・竜崎伸也の幼馴染で盟友の伊丹俊太郎の視点で書きましたが、今回は七篇それぞれ視点となる人物を変えてみました。周囲の人間が直面する難題が、竜崎の言動で一気に解決に向うという“竜崎マジック”を堪能していただけると思います。
 長篇ではあまり描いていないキャラクターも登場します。たとえば、竜崎の下で働く大森署の貝沼副署長は大人しくて何を考えているかわからない存在でしたが、初めて胸中を語っています。読者からすると、会社の中で日ごろ目立たない人と飲みに行ったら、意外な一面を発見した。そんな面白さがあるかも知れません(笑)。
 また、竜崎と敵対する第二方面本部の野間崎管理官が、本音の部分で何を考えているのかを、本人視点で書いてみました。そんな遊びができるのも短篇の面白さですが、さじ加減は難しかったですね。いい人になってしまっては面白くありませんし、かといって敵愾心ばかりでもリアリティがない。そこで、弓削第二方面本部長という新しい人物を登場させました。野間崎の上司と竜崎を対峙させることで、野間崎が竜崎に対して抱える思いを表現することができたんです。
 今年初めに隠蔽捜査がドラマ化されて、竜崎を演じた杉本哲太さんを始め皆さん見事な熱演ぶりでしたが、一匹狼的な刑事の戸高には安田顕さんがまさになり切っていて、感動さえ覚えました。おかげで戸高人気が高まったようなのでこの本でも活躍させましたが、あえて彼の視点では描きませんでした。ああいった“飛び道具”的な存在は、本人の心情を書くより、周囲の反応を描いた方が面白いんです。
 竜崎がかつて恋心を抱いた畠山美奈子も、ハイジャック犯に対応する「スカイマーシャル」の訓練を受けるという設定で登場しています。今でこそ世に知られるようになりましたが、スカイマーシャルを小説の中で使ったのはこの作品が初めてだと思います。それ以外にも、長篇でも生かせそうな題材をいくつも盛り込んであります。基本的に、長篇と短篇でネタを使い分けたりはしていません。実は準備する際の労力も、大差ないんですよ。A4の紙に構想をメモ書きしますが、その分量は短篇でも長篇でもあまり変わりません。どちらも執筆の時点で持っている材料をすべて出し切ります。ですから、短篇って贅沢だな、と思うことがありますね。
 現在「小説新潮」で長篇『去就―隠蔽捜査6―』の連載が始まっています。ストーカーがテーマで、『自覚』で登場した弓削方面本部長との対決が一つの読みどころになる予定です。竜崎はいつまで大森署にいるのかとよく聞かれますが、「去就」という題名が表すように何らかの動きは出てきそうですので、楽しみにしてください。


(こんの・びん 作家)
波 2014年11月号より

著者プロフィール

今野敏

コンノ・ビン

1955年北海道生まれ。上智大学在学中の1978年に「怪物が街にやってくる」で問題小説新人賞を受賞。レコード会社勤務を経て、執筆に専念する。2006年、『隠蔽捜査』で吉川英治文学新人賞を、2008年、『果断 隠蔽捜査2』で山本周五郎賞と日本推理作家協会賞を、2017年、「隠蔽捜査」シリーズで吉川英治文庫賞を受賞。2023年、ミステリー文学の発展に著しく寄与したとして日本ミステリー文学大賞を受賞。さまざまなタイプのエンターテインメントを手がけているが、警察小説の書き手としての評価も高い。近著に『トランパー 横浜みなとみらい署暴対係』『脈動』『遠火 警視庁強行犯係・樋口顕』など。

今野敏「隠蔽捜査」シリーズ

関連書籍

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